まず大切なのは、何かを発信した時に、それに対して誰かが批判的な感情を抱くというのは、当たり前のことだという認識を持つことである。そもそも日本国民だけでも1億人以上いるのだから、その中の何人かが、批判的な意見を持ってもおかしくない。

 例えば、年間1000件以上発生しているといわれるネット炎上だが、それに書き込みをしているのは、ネットユーザの0.5%に留まる。1件当たりの参加人数にすると0.0014%――約7万人に1人である。このような構造は、炎上に限らない。ネット上に数多に書かれているクチコミの80%は、ネットユーザのたった4.2%によって書かれていることも明らかになった。

 そして批判や極端な意見というものは情報発信されやすい傾向にあるうえ、他のコメントより非常に目立つ。心理的負担も大きい。そのために、ネットには怖い人が多く、すぐ批判されるように見えるのである。

 重要なのは、これらを認識したうえで、主張すべき時は主張し、自分に非がある場合は、隠ぺいや言い訳せずに謝罪するということに尽きる。

 それはある種当たり前の、現実で行われているコミュニケーションだろう。そもそも、「ネットユーザ」という特殊な人間が存在しているわけではない。ネットを利用する人も、現実に生きる人と同じである。だから、現実と同じ当たり前のコミュニケーションが、やはり大事なのである。

■ネット上の情報は「常に偏っている」ということを忘れない

 そしてもう1つは、ネット上に氾濫している情報について、「見えているもの」が常に偏っているということを忘れないことだ。

 そもそも、ネット上に見える意見、クチコミ、批判といったものは、全て「能動的に発信された情報」である。発信しようと思わない人の意見は一切「見えない」。

 通常の世論調査が、聞かれたから答えるという「受動的に発信された情報」なのとは、根本的に異なる(通常の世論調査も、多くの場合、聞く対象が偏っているという問題を抱えているが)。

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実際、筆者の実証分析でも…