壮大なオープン・セット以上に話題になったのは、チーフ・プロデューサーを務めた高橋康夫が主導したキャスティングだ。主演の足利尊氏役の真田広之、北条高時役の片岡鶴太郎、後醍醐天皇役の片岡孝夫、佐々木道誉役の陣内孝則、高師直役の柄本明、楠木正成役の武田鉄矢、新田義貞役の根津甚八、藤夜叉役に宮沢りえ、北畠顕家役には後藤久美子が男装して扮するなど大河ドラマ史上最高の顔揃えといっていいだろう。

 プラハ国際テレビ祭最優秀脚本賞を受賞した「約束の旅」(1987年)でコンビを組んだ演出の佐藤幹夫と脚本の池端俊策は、登場人物の性格と演者の持ち味を撚り合わせることに執着した。その結果、登場人物たちはまるで歴史書から躍り出たかのような存在感を発揮し、ドラマに血を通わせた。

 なかでも飛び抜けて強烈な印象を残したのは、陣内孝則が演じた佐々木道誉(どうよ)だ。金ぴか衣装、気障なセリフと突飛な言動で周囲を翻弄する婆娑羅(バサラ)大名の道誉。陣内さんは当時のことを次のように語る。

「あのころの僕は歌、テレビや映画をかけもっていて多忙でした。だから佐々木道誉の役をいただいたときも資料を読まずに現場に飛び込んだという感じだったのですが、道誉という人を知れば知るほど共鳴していきました。僕は音楽をやっていたので、デヴィッド・ボウイに代表されるグラムロックの感じで道誉を演じたらどうかと思うようになりました。池端さんの脚本も明解で素晴らしかったし、演出の佐藤さんも道誉の衣裳はどんなに派手でもいいと仰っていたので、思い切り派手な衣装に合うようなセリフ回しを考えました」

 モノクロームの「太平記」の世界でただひとり、陣内道誉だけが満艦飾の色彩を放っていたのは、道誉を“ヴィジュアル系元祖”と位置付けたからだった。ザ・ロッカーズのボーカルとしてデビューし、数々のトレンディ・ドラマや映画に主演してきた陣内さんは、道誉について更にこう語る。

「僕たちは新人類と呼ばれていたのですが、道誉はまさに南北朝時代の新人類なので同類のように感じました。コンプライアンスとかパワハラなど規制の強い社会で生きている現代人には、道誉の変幻自在で自由な生き方は何かを示唆してくれるかもしれませんね。道誉は僕が出会った役のなかでは最も好きなキャラクターです」

 大河ドラマのターニングポイントとなった「太平記」は、大河全スタッフ・キャストがチャレンジング精神を発揮して生まれた傑作だ。(植草信和)

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植草信和

植草信和

植草信和(うえくさ・のぶかず)/1949年、千葉県市川市生まれ。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。

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