陣内孝則さん (c)朝日新聞社
陣内孝則さん (c)朝日新聞社

 大河ドラマに不可欠なナレーションが、予期せぬ効果を生むことがある。

 物語の時代背景を視聴者にわかりやすく伝えることがナレーションの基本だが、「武田信玄」では若尾文子の「今宵はこれまでに致しとうございます」が流行語になり、歴代2位の高視聴率を記録した。

 そんな“語りの面白さ”だけではないケースもある。55作目「真田丸」では織田信長、明智光秀などの有名武将の最期が描かれることなく有働由美子アナのナレーションの一言で処理する、“ナレ死”(ナレーションのみで説明する死)という新語がうまれた。

 また、「この主人公は今から〇〇〇年前に生を受けた」や「享年××だった」という生没年の“語り”は、視聴している者の現在と主人公の生死の遠近を実感させ、ドラマ世界にスムースに導入させてくれる。

 例えば大河55年間、57作品のなかで一番遠い時代の主人公は平将門(『風と雲と虹と』)で、没後1078年。二番目は平清盛(『新・平家物語』)の没後837年、三番目は源義経(『源義経』『義経』)の829年と続く。

 前置きが長くなったが、大河ドラマ第29作目(1991年/平成3年)は大河史上初の南北朝時代もの「太平記」で、主人公の足利尊氏は没後660年、大河史上6番目に遠い時代の武将だ。

 原作は、吉川英治が病床で執筆した最晩年の歴史小説「私本太平記」。1962年3月に脱稿したが、その年の9月に逝去。享年70歳。

 南北朝時代は皇室が二つに分裂した特異な時代。皇室関係と歴史観が絡み合う複雑微妙な時代をよくぞ取り上げたとの声がある一方で慎重論も多かった、という。鈴木嘉一著「大河ドラマの50年」(中央公論新社刊)には、放送総局長のポストにあった遠藤利男が「皇国史観を引きずった昭和が終わり、時代は平成に変わった。やるなら今だと決断した」と書かれている。

 足利尊氏に対する世間の否定的なイメージを打破したいと尊氏所縁の地・足利市は、一億四千万円を投じて佐野市の旗川河川敷に京都と鎌倉の大オープン・セットを建設。そこで撮影された「鎌倉炎上」(第22話)は、大河史上屈指のスペクタクル・シーンとして今も語り継がれている。

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植草信和

植草信和

植草信和(うえくさ・のぶかず)/1949年、千葉県市川市生まれ。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。

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