ところが、結果的にこの一発が反撃の狼煙となるのだから、野球は面白い。中日は8回にも3安打に3四球を絡めて3点を返し、なおも1死満塁。ここで星野監督は「代打中村!」を告げた。

 前日の練習で左足のふくらはぎを痛め、ベンチを温めていた中村は「ワンサイドなのに、巨人の投手陣が四球やワイルドピッチで浮足立っていたので、流れがウチに来ているな」と感じていた。「打つほうは調子が上がっていたので、代打でいい仕事をしてやろうと狙っていました」

 1-1から木田優夫の「ストライクと思った」3球目を見逃すが、判定はボール。これで気分が楽になり、1球ファウルの後、左翼席上段に起死回生の代打同点満塁弾。

 さらに8対8の延長10回1死、「打席に入った時点で、水野(雄仁)さんのスライダーを打てそうな気がしていた」という中村は、3球目のスライダーを一振。大歓声のなか、打球はサヨナラ弾となって左翼席に突き刺さった。

 うれしさのあまり、一塁ベースを踏み忘れ、踏み直そうとしたときに転びかけた中村は試合後、「(1カ月前、サヨナラ弾の直後に右膝を負傷した)彦野(利勝)さんの気持ちがよくわかりました」とコメントしている。

 1試合で代打満塁本塁打とサヨナラ本塁打の両方を記録したのは、1990年のアレン(広島)に次いで史上2人目の珍事だった。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

著者プロフィールを見る
久保田龍雄

久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

久保田龍雄の記事一覧はこちら