両チームで合計33得点…日をまたいだ“伝説の大乱戦” (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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両チームで合計33得点…日をまたいだ“伝説の大乱戦”

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久保田龍雄dot.
ヤクルト・池山隆寛(当時) (c)朝日新聞社

ヤクルト・池山隆寛(当時) (c)朝日新聞社

 1989年、近鉄に逆転Vを許し、目前でV5を逃した西武ファンが「あの試合に勝っていれば……」と今なお悔しがるのが、同年10月5日のダイエー戦(西武)だ。

 2位・オリックスに0.5ゲーム差、3位・近鉄に2.5ゲーム差と肉薄されながらも9月16日から首位をキープしている西武は、この時点で残り8試合。パ・リーグ史上初のV5達成のためにも、13勝9敗(2分)と分の良いダイエー戦は落とせない。森祇晶監督は必勝体制でエース・渡辺久信を投入した。

 西武は序盤から“横綱相撲”を見せる。2回に吉竹春樹のタイムリー二塁打で1点を先制。3回には6長短打を集中して8対0と一気に突き放した。

 渡辺も8回まで9安打5失点とけっして本調子ではないものの、8回を終わって10対5のダブルスコア。勝利はほぼ不動のものに思われた。

 ところが、9回に大きな落とし穴が待ち受けていた。1死から渡辺が4連続長短打を浴び、2失点でまさかのKO。リリーフ左腕・小田真也も4番・山本和範に中前点タイムリーを浴び2点差。そして、3連投の石井丈裕が岸川勝也に同点タイムリー二塁打を許した後、1死一、二塁から藤本博史に左越え3ランを打たれ、ついに10対13と逆転された。

 その裏、粘る西武は2点を返し、2死一、三塁で4番・清原和博に回ってきたが、不運にもセカンド・バナザードの正面をつくライナーに倒れ、12対13でゲームセット。8対0から大逆転負けを喫した西武は、残り7試合を3勝4敗と負け越し、3位でシーズンを終えた。

 0対8からの大逆転劇をもう1試合紹介する。中日で14年間正捕手を務めた中村武志が「星野(仙一)監督に最初で最後に褒められたのがあの試合でした」と振り返る最も思い出深い試合、1991年7月19日の巨人戦(ナゴヤ)である。

 初回に原辰徳の2ランで先制した巨人は、7回表終了時点で8対0と大きくリード。6回まで槙原寛己にわずか2安打に抑えられていた中日は、その裏、落合博満の左越えソロで1点を返したが、焼け石に水の感があった。



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