英語教育は一人当たりにかかる時間と費用のコストが大きく、もともと持っているスキルの個人差も大きい。通訳スタッフを導入しても人数には限りがある。英語に苦手意識のある大多数の人たちをどうボトムアップするか。同社が優先したのは完璧な英語よりも、実用的で販売員たちが自信を積み重ねていくことができる”おもてなし”英語だった。「爆買い」が流行語になる1年前、サービス業に特化した英語検定「英語応対能力検定」の公認教材として辞書や受験参考書などを多く手がける旺文社が開発を始めていた書籍の監修として参加。日々現場で使われる表現を洗い出し、盛り込んだ。

 昨年5月から4ヶ月間、外国人旅行者の多い伊勢丹新宿本店から12人を選抜し、研修を実施。入社2年目の柳川萌子さん(24)もこの研修を受けた1人だ。担当する売り場は、婦人服の中でも国内外の先鋭的なブランドが揃う「クリエイターズ」エリアで、買い物客のうち40~50%は外国人が占める。英語が堪能な先輩社員が和やかに接客しているのを横目に、苦手意識から何もできない自分がもどかしかったと以前の様子を話す。

「試着室で『靴を脱いでください』とか『フェイスカバーを使ってください』のような簡単なことを指差しで伝えるぐらいしかできませんでした。まだ世の中にあまり知られていないブランドを広めて育てていくのが担当する売り場の一つの目標で、ブランドの特徴やデザイナーの思いなども勉強して接客していますが、相手が外国人だと伝えたい知識はあるのに、言葉が出てこなかった」

 4カ月間の研修は、スマートフォンアプリを使った個別のeラーニングと集合研修3回、そして期間の前と後に検定を受て効果を測るものだ。柳川さんも集合研修までにアプリで課題をこなした。同様の語学学習を導入する企業はいま急速に増え、タクシーや鉄道、飲食店など、外国人客と日々接する業界で人気が高いという。

「お客さまにサイズや色違いなどを提案できるようになって、『じゃあ着てみようかな』って言ってもらうことが増えました。『どっちが似合う?』って聞かれたり、私の顔を覚えてくださったお客さまが年に何回かお店に来てくれたりするのが嬉しいですね」(柳川さん)

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