元猿岩石の森脇が明かした最近、10年ぶりに再会した大物芸能人とは? (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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元猿岩石の森脇が明かした最近、10年ぶりに再会した大物芸能人とは?

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森脇和成(もりわき・かずなり)/1974年8月1日生まれ、広島県出身。1994年に有吉弘行さんと猿岩石結成。「進め!電波少年」のユーラシア大陸横断ヒッチハイクの旅で、全国デビュー。ヒット曲「白い雲のように」はミリオンセラー。芸能界引退後は、実業家、会社員を経験し、2015年より役者として活動開始(撮影/新津勇樹)

森脇和成(もりわき・かずなり)/1974年8月1日生まれ、広島県出身。1994年に有吉弘行さんと猿岩石結成。「進め!電波少年」のユーラシア大陸横断ヒッチハイクの旅で、全国デビュー。ヒット曲「白い雲のように」はミリオンセラー。芸能界引退後は、実業家、会社員を経験し、2015年より役者として活動開始(撮影/新津勇樹)

「進め!電波少年」の名物企画、ユーラシア大陸横断ヒッチハイクから20年以上経過したが、有吉弘行氏とコンビを組んでいた元猿岩石の森脇和成さん(43)は今、どうしているのか?

 有吉さんと森脇さんが猿岩石を結成したのは今から20年以上前だ。

 ヒッチハイクの旅で、世に知られることとなり、歌手デビューを果たしたりとその人気の勢いは凄まじいものだった。しかし猿岩石ブームが落ち着くと、その後は芸能界から離れ、実業家やサラリーマンを経験。

 現在は、舞台を中心に役者活動をしていた。森脇さんの近居をインタビューした。

「ネガティブ人間で出不精」と称する森脇さん。

 自宅にいるときはアニメを片っ端から見ているという。そんな森脇さんも、誘いがあれば断れないという性格で、役者関係や会社員時代の上司と飲みに行くこともあるという。ちなみに有吉さんや電波少年時代のメンバーとの交流に関しては、ほとんどないという。

「ドロンズの大島さんとは、今でもSNSでつながっていますけどね」

 しかし、ここ最近、大物との再会を果たした。それは、

「爆風スランプさんです。しかも、中野さんと河合さんのお二人に」

 爆風スランプといえば、ヒッチハイクする猿岩石のために「旅人よ~The Longest Journey」という応援歌を作ってくれた。しかも、サンプラザ中野さんは、ヒッチハイクでロンドンにゴールした際にも、彼らの目の前で熱唱している。

 そんなゆかりある人物との再会。それは、共通の知人を介して実現したという。

「めったに自分から誘うようなタイプではないんですが、僕からお願いして実現しました」

 実に10年振りの再会だったといい、その夜はヒッチハイクの話を肴に酒を酌み交わす大賑わいの宴だったのかと思いきや「ずっと、動物の会話をしていましたね。しかも、ランチです。それで2時間くらいしたら、じゃあまたねって感じで解散して、全くヒッチハイクの話は出ませんでしたよ(笑)。なんか、不思議とすげー久しぶりだね、っていう感じじゃなかったですね」


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