鉄道だけが戦乱の時代を引きずるカンボジアの現在 <下川裕治のどこへと訊かれて> (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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鉄道だけが戦乱の時代を引きずるカンボジアの現在 <下川裕治のどこへと訊かれて>

連載「どこへと訊かれて」

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もう少し瀟洒な駅舎なら、後ろの海に映えるのだが

もう少し瀟洒な駅舎なら、後ろの海に映えるのだが

もう少し瀟洒な駅舎なら、後ろの海に映えるのだが

もう少し瀟洒な駅舎なら、後ろの海に映えるのだが

 カンボジアの列車が再開された。以前、プノンペンからポイペトとシアヌークビルまで列車が走っていた。しかし親米政権、ポル・ポト時代、そしてベトナム侵攻と続いた内戦で荒廃し、老朽化も進み、2002年から運休していた。線路や車両の修復が進み、ようやく、プノンペンとシアヌークビルの間を列車が走るようになったのだ。

 しかし運行は週末だけだった。再開から10カ月ほどたっていたが、いまだ試運転の域を脱していない気がした。

 翌日の朝7時すぎ。列車はシアヌークビルを発車した。車内を見渡した。2両の客車は半分ほどが埋まっていた。

 肩透かしを食らったような感覚だった。14年も運休していたのだ。もう少し立派な車両になっているような気がした。新幹線とはいわないが、せめて特急のような……。しかし雰囲気はアジアの各駅停車の列車だった。平均時速も40キロに満たない。進歩といえば車内冷房ぐらいだった。もっともパナソニックの家庭用エアコンを車内にとりつけただけだったが。

 ここまでくるのに14年……。

 いまのカンボジアの経済発展からするとあまりに遅い。鉄道だけが、戦乱の時代から抜け出ていない。

 列車はプノンペンに午後2時に着いた。検札はなかった。やはり試運転なのだろうか。

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。


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下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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