今年6月に約63年の棋士生活に幕を閉じた加藤一二三九段。今や“ひふみん”の愛称でテレビに講演に大活躍です。そんなひふみんと“奇才”と呼ばれた伝説の棋士升田幸三との知られざるエピソードを「みんなの漢字」11月号から紹介します。

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 29歳で初のタイトル「十段」を獲得した加藤九段でしたが、すぐに大山康晴名人(当時)に奪い返され、満足のいかない成績が続きます。そんな時期に升田九段(当時)から贈られた色紙に書かれていた「潜龍」(せんりゅう)という文字。「今は潜んでいるが、いずれ空に舞って活躍できる」という意味のこの言葉に、加藤九段は大いに励まされたそうです。

 このように将棋の棋士が色紙や扇子に文字を書くことを「揮毫」(きごう)といいます。「毫」(ふで)を「揮」(ふるう)という意味から、毛筆で文字や絵をかくことを意味します。扇子や色紙などのほかに、名人戦をはじめとするタイトル戦の対局者が、前日に盤や駒箱などに筆を入れることもあります。歴代の勝負師たちはどんな揮毫を刻んできたのか見てみましょう。

■羽生善治二冠
「玲瓏」(れいろう)

永世称号の制度がある七つのタイトル戦のうち、竜王を除く六つで永世称号の資格を持つ最強棋士、羽生善治二冠を代表する揮毫は四字熟語の「八面玲瓏」からとったもの。周囲を見渡せる状況のことで、いつも透き通った心静かな気持ちという意味を表現している。

■大山康晴十五代名人
「王将」(おうしょう)

名人や王将位などタイトルを通算80期獲得し、最期まで現役を貫いた将棋界の第一人者、大山十五世名人。揮毫には「忍」「己勝」など、将棋に懸けた人生を投影した言葉が多く使われている。

■米長邦雄永世棋聖
「地水火風」(ちすいかふう)

昭和を代表する名棋士の一人、米長永世棋聖。揮毫は仏教で宇宙の万物を成り立たせる四つの要素のことで、四大(しだい)ともいう。人間が存在しているのは大宇宙の力に生かされているから、という感謝の意でも用いられる。

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