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「難治がん」と闘う新聞記者の覚悟 「自分がなすべき仕事」とは

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

周りの目は気にせず、自分がなすべき仕事をしよう… 難治がんと闘う記者の覚悟とは(※イメージ写真)

周りの目は気にせず、自分がなすべき仕事をしよう… 難治がんと闘う記者の覚悟とは(※イメージ写真)

 いい仕事には、意気に感じることが欠かせない、と思ってきた。それだけに、いくら誓ったこととはいえ、仲間を袖にしたことはやりきれなかった。何日かして配偶者にこぼした。「あいつが声をかけてくれた仕事、断っちゃったんだよな」。そして、小学校時代のある思い出話をした。

●あえて嫌われる必要はない。でも本当にやりたいことがあれば

 あれは何がきっかけだったのだろうか。小学校高学年のとき、担任の男性教諭が授業中に話し出した。

 自分は元々ほかの仕事をしていたが、教師になろうと思い立ち、働きながら勉強をはじめた。それをよく思わない同僚に「ガリ勉」扱いされ、嫌な思いをさせられたのだ、と。

「でも、やるんです。自分に目標があって、そのために必要なら『ガリ勉』と言われたって、やるんです。本当にやりたいことがあるなら……」

 当時の彼は今の私よりもはるかに年下だろう。ふだんは若いあんちゃんのような話し方をしていたのが、急に「ですます」調で上ずったように語り出した熱っぽさが今も耳にこびりついている。先生自身、くじけそうになる自分にそう言い聞かせ、奮い立たせていたのだろう。あえて嫌われる必要はない。でもやりたいことがあるならば――。

●心に響くメッセージ

 先週の土曜日、自宅のソファーに置いてあったスマートフォンが「チン」と鳴った。知り合いの政治家から1年8カ月ぶりに届いたメッセージだった。その日配信されたばかりの、いとこの娘に「選挙の心得」を説いたコラムが「心に響きました」とある。自身の娘さんに触れ、「父として、恥ずかしくない闘いをしたいと思います」と結ばれていた。


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