天皇陛下の執刀医である天野篤氏が明かす“天才”を育てたものとは

健康

2016/09/18 07:00

 天野医師は幼少の頃から手先が器用で、小学生のときはプラモデル作りに没頭した。年間500個以上完成させたこともあったという。

「これに加えて、3浪中には手でレバーを引くタイプのパチンコに、その後入学した医学部ではテニス部に所属しテニスに熱中しました。これらの経験から、手術に必要な指先の感覚と絶対に諦めないという感性が磨かれたと思います」

 そんな天野医師の代名詞といわれるのが、人工心肺を使わず、心臓を動かしたまま行う冠動脈のバイバス手術(オフポンプ手術)だ。今でこそ、この手術が主流になっているが、1990年代初頭は心臓の動きをいったん止め、代わりに人工心肺で全身に血液を送りながらのバイパス手術(オンポンプ手術)がほとんどだった。

 しかしこの手術は、高齢者や重要臓器に障害のある患者へのダメージが大きく、手術後に人工透析を受けることになったり、脳血管障害などの合併症を引き起こしたりすることがあった。

 天野医師がオフポンプ手術を本格的に手掛けるようになったのは96年のことである。

「難易度が高くでも、やるしかないという気持ちでした」

 当時、新しい補助器具が登場したことも追い風となり、天野医師は高齢者や人工透析患者へのオフポンプ手術を次々と成功させた。

「手術で神経を研ぎ澄ませていると、拍動している心臓がほんの一瞬とまって見えます。そのタイミングを見計らってハリを通して、迂回(うかい)路となる血管をつないでいくのです。30例目をやったころには、確かな手ごたえを感じていました」

 その後も、オフポンプ手術にさまざまな改良を加え、世界のフロントランナーと評価されるようになる。2012年、当時78歳だった天皇陛下が狭心症で東大病院に入院された際には、執刀医に指名された。日本中が注目する中、4時間弱でオフポンプ手術を成功させた。 大学ヒエラルキーが色濃く残る日本で、東大病院の医師団が私立大学病院の教授に手術を委ねたことは、画期的な出来事と報じられ、広く国民に知られるところとなった。(文・吉田健城)

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