糸井:アシスタントが途中で辞めたんじゃないかとか。

浦沢:いいアシスタントが入ったなとか、いいアシスタントが抜けたなとかわかりますね。後は、よほどのことがあったんだなという絵のときもありますね。

糸井:よほどのこと(笑)。だいたい週刊単位で連載があるということ自体がすごいですよね。だって1週間なんて、みなさんそうだと思いますけど、今日日曜日だなと思っても、すぐ次の日曜日が来るじゃないですか。この速度の中で原稿を渡しているわけですからね。

浦沢:一番ひどいのが、ある雑誌が木曜日校了なんですよ。木曜日に締め切りがあってそこに入れられない場合、「ごめんなさい! ごめんなさい!」って言うと、「じゃあ翌日金曜日」なんて言うんですよ。だけどそれも無理な場合、「本当ごめんなさい!」って言うと、週明けて月曜日っていうのが奇跡的に大丈夫なときがあるんですよ。

糸井:中3日使えるんだ。

浦沢:はい、製版所が土日休みとかで。それで、ひーひー言って月曜日に納めるじゃないですか。寝てないような状態で。ハッって気づくと、もう次の木曜日が目の前なんですよ。これはもうねえ、地獄ですよ。

糸井:なんか聞いてるだけでドキドキする(笑)。落ちたことはないんですよね。

浦沢:ぼくは落ちたことはないです。きっちり向こう3カ月くらいのスケジュール作って、それでわりとぴったり合わせているんですけど、スケジュール上で「MONSTER」と「Happy!」がどうしても重なっちゃうなという。そこはどっちか休み。

糸井:それはあり得たんですね。

浦沢:3カ月前に休みを入れるのは、落ちたってことにはならないんですよ。別の人を用意しますから。

糸井:なるほどなるほど。計画的にそこは……

浦沢:目次とかに載っちゃってるのに載ってないのが落ちたってことです。表紙にいるのにいない、みたいな(笑)

糸井:あり得るでしょうねえ。

浦沢:そういうやつが落ちたっていうんですよね。

■最初の読者でなければならない

浦沢:ぼくこの間、手塚プロダクションで手塚治虫さんのスケジュール表を見せてもらったんですよ。

糸井:残っているわけですか?

浦沢:1977年11月ってやつ。「マガジン」「チャンピオン」で毎週描いていたのが「三つ目がとおる」と「ブラックジャック」なんですよ。さらに「漫画少年」でも「火の鳥」を描いていたんです。で、「希望の友」で「ブッダ」。「ビッグコミック」が「MW(ムウ)」、「サンリオ」って書いてあるのが「ユニコ」ですね。それが、同じ月の中に入ってるんですよ。異常ですよね。

糸井:異常ですねえ。それ締め切りいくつあるんだろう。

浦沢:まず週刊誌だけで8本ですからね。

糸井:そういうケースって浦沢さん自身に当てはめたときに、原稿を渡した次の週の案は頭にもうあるんですか? それともコンテぐらいはあるんですか?

浦沢:うーん、ありそうでない。

糸井:浦沢さんでも?

浦沢:うん、描いてるうちに「こうじゃねえな」と思いだしちゃったりすると、もう全部なしになっちゃうから。日本漫画の素晴らしいところは、即興性ですね。

糸井:そう!(笑)

浦沢:パッと思いついたら、もうストーリー全体もバッと変わっていくみたいな。

糸井:そこをまあものすごく利用したのは赤塚不二夫さんだとは思いますけれど。

浦沢:そうですよね(笑)。実物大バカボンとか、思いつきで描いちゃう。7年とか8年とか連載が続く状態で、最初に思ったことを7年間貫徹するというのはすごく立派な感じがしますけど、絶対飽きますってそんなの。

糸井:自分が飽きていくわけですよね。

浦沢:作り手が飽きちゃった作品ってのは、絶対面白くないですから。描きながら作り手が、「えっ、こうなるんだ」ってワクワクドキドキしながら描かないと、作品絶対面白くないですから。予定調和でこうなるんだって作ってるとね。だから、あれだけ年月かけられたのはやっぱり、作者が驚いていたということでしょうね。

糸井:俺が描いているものを「いいなっ!」って思うってことですね。

浦沢:最初の読者じゃなくちゃいけない。「えー! そんなことになるの」とか言いながら作ってますから。

■二人の天才がひらめくとき

糸井:へとへとに苦しくなったときって、基本的にはひらめかなくなると思われがちですが、逆もあるんでしょうね。もうダメだ何も出ないっていうときに……。

浦沢:「もうダメだ何も出ない」を越えると、何か出ますよね(笑)

糸井:そうやって言語化できるような世界ですか?

浦沢:端的によくあるのは、「もうダメだあ」ってバタって倒れて、「うぅ~」って起きると「わかったあ」ってなるんですよ。一瞬寝るんです。外界の音とかちゃんと聞こえてるんですけど、本当に気を失うんですね。そんで「うぅ~」って起きると、「わかったあ」って言って描き出す。

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