稀代のヒットマシーンが試合前に徹底して行うストレッチは語り草である。他の選手たちが談笑しているか、スマートフォンを覗き込んでいる傍らで、クラブハウスのフロアに1人で横になり、長時間のストレッチを繰り返す。アメリカ人記者からの取材に答える際にも身体をほぐす動きを止めない姿は、2014年までプレーしたヤンキース時代もお馴染みの光景だった。

 グラウンドに出ての打撃練習中には、外野でただ飛球を捕球するだけではなく、頻繁に“背面キャッチ”を試みる。単なるファンサービスかと思えば、イチロー本人は「遊びでやっているわけではない」と主張する。試合中に太陽の光などで視野が遮られてしまうような突発的な事態に備え、ボールから目を切った状態でも何とか捕球できるように練習していたのだという。

 ニューヨーク時代に日常的にイチローの姿を見て来た筆者には、そんな言葉が口先だけのものとは思えなかった。年齢を重ねても、常に様々な不足の状況を想定してやってきたことは想像に難くない。徐々に体力的な衰えが進む中でも、対応できるだけの準備をしてきたからこそ、今の活躍があるのだろう。

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