早期認知症治療の一環である音楽治療。山本氏は最近、写真の古楽器「プサルタリー」の演奏にはまっているという。右は、先生の折山もと子さん
早期認知症治療の一環である音楽治療。山本氏は最近、写真の古楽器「プサルタリー」の演奏にはまっているという。右は、先生の折山もと子さん

 認知症を発症する高齢者が増え続けている。厚生労働省の推計によると、2012年時点で日本の認知症高齢者(65歳以上)は約462万人、10年後の25年には1.5倍以上の700万人を超えるという。実に高齢者の5人に1人が認知症になる時代が訪れる計算だ。また、“認知症予備軍”ともいえる軽度認知障害(MCI)の高齢者を入れると、この割合はもっと高くなる。

 もちろんこれは日本だけの問題ではない。認知症患者の6割以上を占めるアルツハイマー病を克服するのは世界的な課題となっている。今年8月、国際アルツハイマー病協会(Alzheimer’s Disease International)は、世界の認知症患者の数は50年に1億3200万人に達し、現在(約4680万人)の3倍となる可能性があるとする報告書を発表。報告書は世界中で3.2秒ごとにアルツハイマー患者が1人増えていること、さらに今後、その数は急激に増加していくという予測を伝えている。これからを生きる我々にとって、認知症はいつ自分の身に降り掛かってもおかしくない病なのである。

 書籍『ボケてたまるか!』(朝日新聞出版)は現役の週刊朝日記者で、認知症の早期治療に挑む山本朋史氏による実体験ルポをまとめた一冊。今年11月、NHKスペシャル「認知症革命」にも出演し、話題になった。62歳(執筆当時)の山本氏は自身の認知症の初期症状についてこう綴っている。

「ぼくが脳の異常を感じたのは、61歳を過ぎたころからだった。記憶力には多少の自信があった。(中略)取材した内容も録音テープを聞き返さなくてもほとんど覚えていたからだ。それがあるときから、少し前に聞いた人の名前が出てこなくなった。テレビに出ている俳優の名前が出てこないことなどしょっちゅうである。大好きな競馬の競走馬の名前も忘れて、思い出すまでに20分以上かかることもあった」

 当初、この症状は加齢による致し方ないことだと思い込んでいたという山本氏。しかし、その後、取材をダブルブッキングするという今までにない大きなミスを犯してしまったことで、もしやと思い医療関係者に相談。その人物の勧めで東京医科歯科大学病院の精神科にある「もの忘れ外来」の診療を受けた結果、軽度の認知症の疑いがあると診断されてしまう。山本氏の認知症早期治療への挑戦はこうして始まった。

「ぼくと同じような悩みを抱えている人は多い。なりふり構わぬ認知力アップトレーニングの様子とぼくの内面が、そういう人たちの一助になれば嬉しいと思った」(同書より)

 認知症の入り口で病と戦う山本氏の300日の記録は、これから認知症と向き合わなければならないだろう多くの人にとって、貴重な資料といえるかもしれない。葛藤、不安、希望、喜び……治療が進むにつれ様々な感情と対峙する山本氏の姿に、認知症は自分とは無関係だとは思えなくなるだろう。