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バブル時代の小泉今日子は過剰に異常だったか(下)

助川幸逸郎dot.#小泉今日子になる方法

アクターズ・ファイル 永瀬正敏

永瀬正敏著/キネマ旬報社編集

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 彼女がこのようになれたのは、新しいリクエストにはとりあえず応じる精神の賜物です

 学生時代の小泉今日子はヤンキーで、優等生の対極だったことはよく知られています。取捨選択に長けた彼女は、意味のないことにも従わされる教室になじめなかったのでしょう。バブル期に優秀なアドヴァイザーを得たことで、他人からの提言に応える大切さに改めて気づいたのではないでしょうか。バブル崩壊後も、比類ない「学び上手」として彼女が変化していけたのは、こうした気づきのおかげだと私は考えます。

 そんな風に変化できるのは、自分に必要がなくなったものにとらわれていないからでもあります。「自分に合う・合わない」は、固定しているとは限りません。かつては合っていたものが、ある時期から合わなくなることも起こります。もちろん、その逆のケースも珍しくありません。

 かつては必要だったが今では不要なものを手ばなすこと。以前は合わなかったが現在フィットするものを受けいれること。その両方ができないと、どういう分野に生きていても「過去の人」になることは避けられません。小泉今日子は、新しいことに身を投じるだけでなく、自分にそぐわなくなったものに別れを告げてきました。バブル的な悪ふざけの世界にいた残り香は、近年の彼女からすっかり消えています。

 これからも小泉今日子は、力強く変わりつづけていくに違いありません。彼女のように、類いまれな才能と度々めぐり会い、新しい何かをあたえられることは、一般人には想定しにくいかもしれません。しかし、耳を傾けるべき提言は、私たちのすぐ側からも聴こえてきます。自分にふさわしくなくなったものから離れることも、心がけ次第で可能なはずです。


※助川幸逸郎氏の連載「小泉今日子になる方法」をまとめた『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新書)が発売されました

注1 小泉今日子「自分と役と映画に向き合い続けている」(『アクターズファイル 永瀬正敏』キネマ旬報社 2014年)
注2 特別対談「風花」相米慎二×小泉今日子(インタビュー&構成 樋口尚文)「キネマ旬報」2001年2月下旬決算特別号
注3 「永瀬正敏 ロングインタビュー」(『アクターズファイル 永瀬正敏』キネマ旬報社 2014年)


助川 幸逸郎(すけがわ・こういちろう)
1967年生まれ。著述家・日本文学研究者。横浜市立大学・東海大学などで非常勤講師。文学、映画、ファッションといった多様なコンテンツを、斬新な切り口で相互に関わらせ、前例のないタイプの著述・講演活動を展開している。主な著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)、『光源氏になってはいけない』『謎の村上春樹』(以上、プレジデント社)など


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