- コラム・小説
- 記事
玄関のたたきは今、老衰した愛犬のための心づくしの寝床となっている。
16年前、峠のくぼ地に捨てられていた子犬のいじらしい様子を見かね、夫が連れ帰った。
飼っていた犬が病死したばかりで、すぐに動物病院で健康診断と予防接種を受けさせた。
生後7カ月くらいの雑種で、紀州犬にも似ていた。全く吠えることはなく、静かな犬だった。
庭のレモンの木の下にグリーンの小屋を作ってやり、名前もレモンにした。
夫の散歩のお供がうれしいようで、戌年には年賀状の版画のモデルにもなってくれた。
8年ほど前、神戸に住む娘が「欲しい」と連れていったが、3年ほど後、引っ越すからと返してきた。
帰ってきたレモン(写真、雄)は相変わらずおとなしく懐こいので、学童やご近所の方たちからも可愛がられた。しかし、目が見えないようだと思っているうちに、みるみるヨロヨロの老体となり、歩くのも苦しそうで臥せってばかり。
食欲はまだあるようだが、小屋にも入らず寒い庭に横たわるようになった。ついに見かねて、大切な玄関のたたきを提供し、毛布を2枚重ねて休めるようにした次第。
人間のこちらも後期高齢者の夫と、私。あちこち体の故障も多い。しかし犬を残して逝くわけにはいかない、先に逝ってもらわなければと、毎晩、彼のそそけだった体をなでる。なでながらも、ふと犬には病気への不安や死という概念もないのがいいなとか思ってしまう。
犬との歳月──吠えない、鳴かない、哲学しているような静かな犬は、私たち夫婦と豊かな時間を共有し、そして共に老いぼれてしまった。今や愛犬ではなく、同志レモン君である。
あわせて読みたい
別の視点で考える
特集をすべて見る
この人と一緒に考える
コラムをすべて見る
カテゴリから探す
-
ニュース
-
教育
-
エンタメ
-
スポーツ
-
ヘルス
-
ビジネス