『ブルー・バニスターズ』ラナ・デル・レイ(Album Review)

2021/10/26 18:10

『ブルー・バニスターズ』ラナ・デル・レイ(Album Review)
『ブルー・バニスターズ』ラナ・デル・レイ(Album Review)


 ラナ・デル・レイの前作『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』は、宗教論や政治的要素など独自のストーリーを愉しむことができる魅力的な作品だった。それからわずか7か月で完成させた8枚目のスタジオ・アルバム『ブルー・バニスターズ』。同年に2枚のアルバムを発表するのは初の試みで、5thアルバム『ラスト・フォー・ライフ』(2017年)以降の2作を担当したジャック・アントノフがメイン・プロデューサーから外れている。
 ジャック・アントノフの影響かは定かでないが、たしかに前2作の様式とは線引きされていて、過去最高傑作と絶賛された『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』の成功を引きずるでもなく、『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』ほどの重たさもない、縛られていたものを一掃した解放感と、年齢とキャリアを重ねたからこそ醸せる余裕に満ちている。
 曲調に目新しさはないが、これまで構築してきた作品の良いところをアップデートしたような充実ぶりで、4thアルバム『ハネムーン』のオールディーズ~ジャズ・テイストを引き継いだオープニング「テキスト・ブック」から期待値が高まる。この曲には、『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』収録の「カリフォルニア」を手掛けたザカリー・ドーズが、先行シングルとして5月にリリースした次曲「ブルー・バニスターズ」の2曲には、ゲイブ・サイモンがソングライター/プロデューサーとして参加した。
 その「ブルー・バニスターズ」は、古いピアノの伴奏とバーブラ・ストライサンドを彷彿させるボーカルが、映画のワンシーンをイメージさせるノスタルジックな曲。別れを詩的に表現した歌詞、女友達と戯れるよくある日常を画いたミュージック・ビデオも、シンプルながら引き込まれるラナ・デル・レイらしい作風だった。このタイトル曲をはじめ、アルバムのトピックは個人的な感情に触れた曲が多くを占める。
 前9月にリリースした2曲目のシングル「アルカディア」は、ドリュー・エリクソンと共作したこちらも美しいバラードで、高らかに響き渡るソプラノがミュージカルやオペラのステージとリンクする。「私の体はL.A.の地図」という独特なフレーズ、神秘的なニュアンスは、かつての作品に回帰した感じがしないでもない。
 次の「インタールード - ザ・トリオ」は、エンニオ・モリコーネが手掛けた1966年の映画『続・夕陽のガンマン』のサウンドトラックをサンプリングした、トラップ主体のインタールード。モダンなアルバムの空気を(ある意味)濁してしまうが、突如おそわれる違和感もそれはそれで彼女の美学であり、多様な音楽センスの賜物。また、次の「ブラック・ベイジング・スーツ」へ繋ぐ雰囲気作りには最適で、アルバムの完璧なビジョンを構築するためには不可欠だったと思われる。
 その「ブラック・ベイジング・スーツ」は、70年代の英国産ロックっぽくもあり、ワルツのような夢見心地もある、的確な表現がし難い変化に富んだ構成で、笑い声や喋り口調を織り交ぜたボーカルがその奇妙な雰囲気をより引き立てる。次の「イフ・ユー・ライ・ダウン・ウィズ・ミー」~「ビューティフル」は、どちらもアルバムの主要であるピアノ・バラード。前者はかつての恋人バリー・ジェイムス・オニールが制作に加わったリアリティある男女の温度差を、後者は浮遊するファルセットで「美しさ」を優しくて繊細に歌っている。「ヴァイオレッツ・フォー・ローゼズ」も、その2曲を引き継いだミディアム・スロウで、本作の中でも特にハーモニーの重奏がすばらしい。
 バラード続きの中だるみを解消すべく、ラスト・シャドウ・パペッツのマイルズ・ケインが参加した「ディーラー」では、レゲエやヒップホップに通ずるリズム・セクションに負のオーラを纏った歌詞を乗せ、シュールな切り替えしを演出した。ラップのように言葉を繋いだり、叫ぶように放たれるサビのボーカルもインパクトに残る。ここから、ゴスペル風のバック・コーラスを従えたカントリー・バラード「サンダー」、幼少期のトラウマまで掘り下げた、暗く深い思想を訴えるマイク・ディーンとの共作曲「ワイルドフラワー・ワイルドファイア」へ、スリリングに移行していく。
 「ネクター・オブ・ザ・ゴッズ」と「リヴィング・レジェンド」は、どちらもアコースティック・ギターで弾き語りをする(イメージの)スロウで、シンプルな伴奏形態に暗さを纏った旋律は、癒しとは違う心地よさに浸れる。キャリアを支えてきたリック・ノウェルズとの共作「チェリー・ブロッサム」も陰気で籠ったバラードだが、前2曲とはタイプの違う、儚く短い春の瞬間を切り取ったような美しい世界観が画かれている。そしてアルバムのフィナーレは、家族がソングライターとして協力した映画のエンドロールさながらに高ぶる「スウィート・カロライナ」で幕を閉じ、ひと息ついた。
 前述にもあるように、アルバムのトーンはこれまでの作品を良い塩梅に引き継ぎ、彼女らしい言葉、表現で彩られている。発売日の延期や曲、カバー・アートのリークなど、リリースまで諸々トラブルはあったが、ここ最近は問題発言で世間を騒がせることもなく、アルバムの制作以外には焦点を当てていなかった。が故に、業界や世間の雑音に惑わされず、本当に作りたかったアルバムに仕上がり満足しているのではないか、と思う。小細工をせず、シンプルに美しく魅了するこのスタイルこそがラナ・デル・レイだ。
Text: 本家 一成

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