dot.[ドット]

第7回 お金のこと(その2)

文・小林紀晴

バックナンバー

このエントリーをはてなブックマークに追加

 人を介すれば介するほどリスクが高まるとは、どういうことか。
 具体的な例をあげれば、こんな感じだ。ある出版社が旅行のガイドブックを作ることになって、制作プロダクションに制作を丸投げしたとする。すると、その制作プロダクションがカメラマンやライター、デザイナーに仕事を依頼する。
 お金の流れは、出版社が制作プロダクションに決まった金額を支払うかたちが多い。制作プロダクションはその金額内ですべてを制作しなくてはならない。そのなかにはカメラマンの撮影料のほかにライターの原稿料、デザイナーのデザイン料、宿泊費、交通費などが含まれる。だから、制作プロダクションは自分のところの利益を増やすため、もろもろを切り詰めることになる。当然のことだ。この場合、出版社からカメラマンに直接支払われることはまずない。

 よって、カメラマンは制作プロダクションからギャラをいただくことになるのだが、制作プロダクションによっては経営が苦しいところも当然ある。まとまった金額が入ってきたら、それを先に違う支払いにまわさなくてはならないこともある。つまり自転車操業である。その悪循環にカメラマンも巻き込まれてしまうのだ。

 支払いが滞っていると、まったく気がすすまなかったが、時々、催促の電話をすることになる。いまのようにメールはない。頃合いを見て数ヶ月ぶりに電話すると、担当者が会社を辞め、話がまるで通らなかったこともあった。とにかく20代の頃は、そんなことにパワーを多く使った。
 「ごめんなさい、いま一年前にやっていただいたカメラマンさんに払っているので、あと半年くらい待ってもらえる?」
 などと平気で言われたりした。でも、たいして腹も立たず、そんなもんかと思っていた。

 私の経験でもっともリスクが高かったのは、制作プロダクションとよく仕事をしているフリーの編集者とかフリーのライターから撮影の依頼を受けた場合だ。なんとなく誰がいつ払ってくれるのか聞かないまま撮影を終え、ところで、ということになると編集者やライターは「制作会社が払う」と言い、制作プロダクションに訊ねると「それはその編集者が払うことになっている」などと言い出すパターンだ。
 それでも撮影の依頼がくると、うれしくて「はい、やります。やらせてください!」などと答え、仲良く遠くまでロケに行ったりする。自分でも不思議だ。
 でも、そのあとは全然支払われない。その繰り返しで、払われるはずのギャラが架空の残高として増えていく。しまいには、それがもらえるときが来るとは信じられなくさえなっていくのだ。やがて、その金額だけが増えていくと、不思議なことにその制作会社がどうかつぶれませんようにと心配し、同情心まででてくる。

 実際に倒産した制作会社もある。そうなると、そこで終わりだ。だからいまだに回収できていない幻のギャラが、けっして少なくない金額残っている。
 だから、自分の銀行口座にお金が振り込まれることが、どこか奇跡のようにさえ思えた。いずれにしても、そこまでの道のりの長さを日々、実感していた。
 (余談だが、こんなことは日本的なことだとずっと思っていた。口約束だけで成立してしまうのだから。それがそうでもないことを一年ほど暮らしたニューヨークで知った。向こうにも似たようなことがあって驚いた。私はアメリカの会社と直接仕事をしたことはないので経験していないが、周りには若い日本人のカメラマンの友人が何人かいて、彼らが同じように雑誌社などに催促の電話を英語でする姿を何度か見たことがある)

 でも、ものは考えようである。私はまったく悲観などしていない。カメラマンは在庫を持たなくていいし、カメラ機材以外にあまり投資の必要もない。

 あるとき、飲食店を経営している知り合いに、それらの不平を話した。そのとき大きく意識が変わった。自営というのはそのくらいのリスクがあるのは当然だと言われた。
 「飲食店はお客さんが来てくれなければ、即赤字だよ。仕入れた材料は悪くなるから捨てることになるし、お店の家賃も光熱費もバイトのバイト代も払わなくちゃいけない。何もしなくて、じっとしているだけで、お金がどんどんでてくんだよ。ほんと、夜寝ているあいだにもお金が砂みたいにこぼれていく感じだよ。でも、カメラマンは暇だったらじっとしていれば、たいしたお金は出ていかないでしょ。部屋でカメラを磨いていても、砂みたいにこぼれないでしょ。飲食店はお客がいなければ、鍋を磨いているだけで、砂だよ!」
 力説された。
 「それに行列のできる店にこんな問題は起きない。どうして行列ができるかわかる?」
 「料理がおいしいから?」
 「そうでしょ。これ、カメラマンも同じじゃないの。うまいカメラマンには行列ができてるんじゃないの?」
 確かにそうだなあと思った。目から鱗の気分だった。
 この話を聞いてから、暇なときは部屋でじっとしていることにした。そうすればお腹もすかないので、食費も減る。そして、なにより、写真がうまくなることを真剣に考えるようになった。

(更新 2013.7.29 )


第6回 お金のこと(その1)

バックナンバー

コラム一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

小林 紀晴(こばやし・きせい)

1968年長野県生まれ。東京工芸大学短期大学部写真科卒業後、新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーに。1997年に『ASIAN JAPANESE』で脚光を浴びる。同年『DAYS ASIA』で日本写真協会新人賞受賞。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆など、ボーダレスに活動中。作品集に『homeland』『days new york―デイズ ニューヨーク』『SUWA』『はなはねに』など。他に『ASIA ROAD』『写真学生』『父の感触』『十七歳』など、著書多数。