かつては花電車としても活躍した花1型は、場内の無蓋運搬車として稼働していた。フジカラーリバーサルフィルムで撮影した一コマ。 芝浦工場(撮影/諸河久:1967年3月21日)
荒川車庫の片隅で撮影した花-5。前面のダッシュボードには改造前の乙103の旧番号が透視できる。(撮影/諸河久:1963年2月3日)
トラバーサー上の工1型入換用牽引車。当初はカーキ色一色の塗装で、1960年代に入ってキャピタルクリームにエンジの帯に塗り替えられた。1969年の電車修繕業務廃止まで稼働した。(撮影/諸河久:1964年8月31日)
芝浦工場への引込線だった旧海岸通りに敷設された芝浦線。竹芝橋の北詰めからは運河に沿って倉庫線の単線軌道が分岐していた。竹芝橋付近(撮影/諸河久:1963年5月12日)
芝浦工場内から写した工場正門と船路橋。画面左側が守衛所で、花1型が構内で稼働していた。(撮影/宮松慶夫:1964年1月15日)
都バス塗装コンペに出展した「特別出品車」を背景にしてインタビューを受ける岡本太郎画伯。芝浦工場(撮影/諸河久:1982年3月16日)
芝浦アイランドへの人道橋として架け替えられた船路橋。都電が走った証として、二条の軌道模様が施されている。背景には4棟のタワーマンションが聳え、芝浦工場時代の面影は微塵もない。(撮影/諸河久:2020年11月7日)