かつては四系統の都電で賑わった渋谷駅前停留所も、都電を後継した都バスのターミナルになっていた。発車を待つ34系統金杉橋行きの6270は、290両の大所帯を誇った6000型の最終増備車の一両だった。(撮影/諸河久:1969年1月10日)
高性能試作車として希少な存在だった6500型。日章旗を掲揚して元日の銀座通りを走る晴れ姿。旧様式の菱形系統板がベストマッチ。画面右側に旧三菱銀行京橋支店の瀟洒な建物が写っている。銀座二丁目~京橋(撮影/諸河久:1964年1月1日)
都電では初めての新潟鐵工所で製造され、僚友とともに出番を待つ7515。「都電最後の新車」と謳われ、乗り心地を改善した鋳鋼製D23型台車を履いている。青山車庫(撮影/諸河久:1962年12月19日)
最古の形式は王子電軌から引継いだ160型と170型だ。写真の160型は都電に編入後、服部式低床台車からD10型台車に振り替えている。一枚引戸の出入口扉は、ドアエンジンを装備していた。荒川車庫(撮影/諸河久:1966年2月16日)