

翁長雄志・沖縄県知事急逝のニュースは、多くの人々に驚きとともに、大きな悲しみをもたらした。翁長氏は、保守政治家でありながら辺野古基地新設に徹頭徹尾反対の姿勢を貫き通した。その間、安倍政権による数多の脅し、懐柔、謀略に一切屈することなく、常に、切々と沖縄県民の心の叫びを代弁し続けたその姿は、多くの人々の心を惹きつけ、反翁長陣営の人々にも、畏敬の念を抱かせるほどであった。
基地負担の軽減を熱望する沖縄に対する安倍政権の姿勢は、常に厳しく、情けのひとかけらさえない頑なものだった。多くの沖縄県民や本土の人々が、翁長氏は安倍政権に殺されたと感じたとしても、決して理不尽なことではないだろう。
安倍政権が沖縄に示した飴と鞭の政策を見ていて、思いつく言葉がある。それは、孟子による「王と覇」である。無論、安倍晋三総理は、「覇」である。王は人徳をもって民を治めるのに対して、覇者は人徳がないために、力で民を治め、諸国を従えようとする。軍備増強をして、諸外国に圧力をかけて自国の利益を確保しようとすることはこれに当たる。現代では、軍事力を行使するには、相当な理由が必要とされるから、軍事力に代わって、経済力も多用される。中国は、軍事力も使うが、何よりもその経済力を武器に周辺国への影響力を高めようとしている。これもまさに覇道である。
安倍総理は、沖縄に対して、一方では、辺野古埋め立てのために、日本中の警察を動員して、反対する市民の抵抗を力ずくで抑え込んだ。一方、基地建設に協力的な人々に直接金をばらまいて懐柔し、沖縄向け予算を削って沖縄の経済界や市民に脅しをかけることも、大手を振って行った。安倍総理自身が、沖縄県民に語りかけて、説得するという場面は全く見られなかった。人徳のなさゆえに、警察力と金に頼るしかなかったのだ。