昭和大学病院乳腺外科の明石定子医師「男女互いに意識しすぎない、遠慮しない」(撮影/小林茂太)

 医師を目指すうえで、覚悟を決めた瞬間がある。医学部志望生向けのAERAムック『AERA Premium 医者・医学部がわかる2018』では、昭和大学病院の乳腺外科医・明石定子医師に、医の道を選択する「覚悟」を尋ねた。

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 テレビドラマの影響からか、「外科=男性社会」のイメージは変わりつつある。だが、かつてはバリバリの男社会だった。

 昭和大学医学部乳腺外科准教授の明石定子医師は、東京大学医学部を卒業するときの医局説明会で、当時の辣腕外科医から言われたことを今も覚えている。「女の子が研修に来てもいいけど、トイレないよ。ロッカーないよ。それと当直室もないよ」

 医師という仕事は男女の差別がない職業と考えていた。それだけに、この言葉が女性医師として奮い立たせることとなった。

 乳がん手術を年間で100例以上こなす時期が続いた。これは乳腺外科医のなかでもかなり多い症例数だ。いつしかメディアから「神の手」と呼ばれるようになる。が、本人は「そんなことはない」と真っ向から否定する。

 苦しいときも笑顔を欠かさない明石医師が、外科という男性社会に入れてきた「メス」とは。

あこがれだった手術も
全く手が進まず

――なぜ、医学部を受けようと思ったのでしょうか。

 東京大学に入学しましたが、実は「理III」ではなく「理II」でした。ですので、大学に入ったときは医学部に決めていたわけではないのです。

――そうなんですね。理IIからの医師は珍しいケースですか?

 いえ、2年生から3年生に進級するときに、毎年、理IIから10人ほど医学部に入る枠があります。医学部1学年で100人なので、うち10人は理IIからですから、意外といますよ。

――医師になりたかった?

 研究一本より、人に向き合う仕事のほうが性に合っているかな、と思っていました。大学在学中に男女雇用機会均等法が制定された世代です。まだ就職に男女の格差がありました。男女差別のない仕事がしたいと考え、医師を目指したのです。

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「正直、なにくそと思いました」