そういう社会風土のもとでは、痴漢被害を訴えることのハードルも高い。法務省の犯罪白書を見てみると、「電車内における強制わいせつの認知件数」は、平成26年だと283件。しかし「リビングくらしHOW研究所」のアンケート調査では、痴漢にあったことのある女性は6割以上で、被害にあった時に積極的に対応できた人はごくわずかだったことが示されている。「283件」という数字の背後には、「なかった」ことにされている痴漢被害が無数に存在している。

 友人と痴漢の話題になった時、ある女性は「都内の学校に電車通学する女子中高生は、何かしらの形で痴漢にあうのは割と普通だよね」と語っていた。彼女は当時、周囲の大人に痴漢被害の話をしたことはなかったそうだ。「最初は怖いから身動きもとれないし、訴えても理解してもらえる気がしない。だんだん慣れてしまって、次の予定もあるから事を荒立てたくないって思うようになっちゃったんだよね」。彼女の言葉を聞きながら、自分があまりにも痴漢について無知だったことを恥じた。それと同時に、痴漢をめぐるこの社会の闇は本当に深いものだと実感した。

 女性専用車両という取り組みは、このような社会状況の中で、性暴力に対処していくための応急処置として生み出されたものだ。決して女性だけの利益を拡大しようとする思惑の上に成り立っているものではない。女性専用車両によって、自分たちが抑圧されていると考える男性がいるとしたら、その人たちがとるべき行動は、女性専用車両や女性自体に難癖をつけることではないはずだ。

 まずは痴漢の加害者に怒りの矛先を向けるべきだ。その上で、女性専用車両を設けなければならないほどに、女性が性的な対象として消費され、性暴力が許容されてしまっているというこの社会の現状と戦わなければいけない。

 さらに言えば、私たちは無意識のうちに、この社会の現状に加担しているかもしれないということも忘れてはいけない。それは私自身だって例外ではない。大学の先輩が「レイプされた人と付き合えない」と語った時、私は何となく空気を読んで、それに反論できなかった。それは結果としては、無言を貫くことで、性暴力に対する歪んだ認識を肯定してしまっていたことに他ならない。

 そうやって考えていくと、自分が痴漢をしたことがなくても、女性専用車両を利用したことがなくても、私たちは女性専用車両をめぐる問題の「当事者」なのだ。このことも頭に入れながら、おかしいことにはおかしいと言わなくてはいけないと思う。

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