近年では自費診療ではあるが、リスク低減手術というものも一部の病院で実施されている。米国の女優、アンジェリーナ・ジョリーが健康な乳房を予防のために切除したことで話題になった手術だ。乳房切除のほか、卵巣や卵管を切除することで、卵巣がんだけでなく、乳がんの発症も防ぐという。

 3週間後、木澤さんは「BRCA2変異陽性」であることがわかった。木澤さんは乳房全摘術を受け、そのうえで、がんでないほうの乳房も切除した。

「手術の前日にはやはり迷いました。でも8割ががんになるのならいずれ同じことだと思い直して手術に臨みました。乳房再建術も含めて、自己負担は高額でしたが、加入していた生命保険でカバーできました。結果的には余計な心配をしなくてよくなり、すっきりしました」(木澤さん)

 木澤さんは、将来的には卵巣も切除したいと考えている。卵巣がんは早期発見が難しく、切除以外の予防法がないからだ。しかし、切除には更年期症状などの副作用を伴う。木澤さんのようなBRCA2変異では、卵巣がんのリスクは70歳時点でも15%程度と比較的低いので、閉経後に予防的手術を受けるつもりだ。

 木澤さんの場合は、手術のみで治療は終了したが、化学療法が必要な場合、薬剤の選択も異なる。

「BRCA1変異とBRCA2変異では、がんの性質が違うのです。BRCA1変異の場合、トリプルネガティブ乳がんと呼ばれるタイプが6~7割。ホルモン療法は効かないタイプが多いので抗がん剤が中心になります。BRCA2変異の場合は、多くはホルモン療法とともに化学療法も必要です」(中村医師)

 17年に登場する予定の新しい分子標的薬・PARP(パープ)阻害薬(オラパリブ)は、HBOCに多いトリプルネガティブ乳がんに対しても有効だと期待されている。まず卵巣がんで保険適用となり、1年ほど先に再発乳がんの治療に適用される見通しだ。この新薬の登場により、これまで自費診療だったBRCA1/2遺伝子検査は、PARP阻害薬が使えるかどうかを調べるための「コンパニオン診断」と呼ばれる必須の検査になる可能性がある。

「今後の乳がん・卵巣がん治療では、まず主治医が十分な検査前の説明をおこない、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けていただいた後にBRCA1/2遺伝子検査をおこない、変異がある場合は、本格的な遺伝カウンセリングを受けてもらうといった流れに変わる可能性があります」(中村医師)

 遺伝子変異があるとわかったら、治療が完了したあとも、定期的な検診を受け、病院との絆を切らないことが大切だ。(取材・文/中保裕子)