さらに大切にしているのは、倒した相手から「なんであんな奴に負けたんだ」と思われないような言動を普段から心がけることです。例えば私が奨励会時代にすごく嫌な奴で、将棋に勝って傲慢(ごうまん)になったり、周囲に迷惑をかけていたり、「俺はあいつより強い」などと倒した相手をさげすむような発言をしたりしたら、相手は当然嫌な気分になるでしょうし、負けたことに納得しないでしょう。「自分も一生懸命夢を追いかけていたのに、こんな奴に負けてプロになれなかったのか」と思われたらつらいですし、その相手のためにも良くないと思うのです。
奨励会時代から、相手にとって大事な一局という機会にずいぶん当たってきました。相手が私に負けたら退会という鬼勝負も二回指しています。
逆に相手が勝てば昇級という一番に、私が当てられることも多かった。当時の奨励会は、昇級の一番には強い会員と当てる、という幹事の方針があったように記憶しています。私自身も昇級の一番では強い相手とばかり指してきた気がします。
自分が阻止役のときは、もちろん全力で勝ちに行きました。そういうときこそ喜々として相手を潰すくらいじゃないと勝ち上がっていけないという思いもありました。相手を倒していく中で、「きちんとやらなきゃいけないよな」という自覚が次第に芽生えるようになったのです。
大事なのは、「まあ、あいつに負けたのなら仕方がないか」と納得してもらえるような人間になるのを目指すことです。そのためには将棋の実績も高いものが求められますし、立ち居振る舞いもある程度はきちんとしていたほうがいい。そして、自分なりに内面も磨いていきたい。そうやって周囲にいい影響を与えられるような存在になりたいと考えていました。
これは想像ですが、羽生さんに負けて夢破れた方というのは、「羽生さんに負けたのなら仕方がない」といまでも考えているのではないでしょうか。もちろん、自分が完璧な人間になれるとは思いませんが、私も少しでもそうなれるように意識して、プロ生活を送っていくつもりです。