「パジャマはもったいなくて、1度も着ていません。実は今回このインタビューに対応することが決まった時に妻が思い出して、仕舞ってあったパジャマと手紙を見せてくれました。今も坂井さんにいただいたままの状態です。こうした気遣いをとてもされる人でした。実は僕、今年の3月に還暦を迎えたのですが、かつてのアシスタントたちがお祝いをしてくれました。その時に、以前ZARDのサブエンジニアをやっていた山田宗明君がシャンパンを持ってきてくれたんですけど、なんと、彼が会社を辞める時に坂井さんからもらったシャンパンでした。彼も、もったいなくて、18年間開けずに大切に持っていたそうです」
■身近なスタッフでも坂井泉水の本名を知らず
こうして話を聞いていると、坂井さんとスタッフとの心の距離は近く、絆の強さもうかがえる。しかし、同時に、おたがいのプライベートには立ち入らなかった。
「ZARDの後期だったと思いますが、どの曲のレコーディングだったか……、常に全力で歌う坂井さんが過呼吸で倒れたことがありました。救急車を呼んで、病院まで僕が付き添いました。救急車の中では、救急隊員に坂井さんについてさまざま確認されます。名前、年齢、血液型……など。その時に、自分でも驚いてしまったのですが、僕は彼女のことを何も知りませんでした。本名すら言えなかった。ZARDの初期ではありませんよ。もう十何年も一緒にレコーディングをしていたにもかかわらず、坂井泉水という名前しか答えられなかったんです。ああ、坂井さんについて、僕は何も知らずに仕事をしていたんだ、と複雑な気持ちになったことを覚えています。そして同時に、彼女がスタジオでは、“ZARD・坂井泉水”であり続けたことを実感しました」
坂井さんの入院中も、島田氏は直接会うことはなかった。
「次のレコーディング、楽しみにしていますね」
電話での坂井さんの様子はいつも通りだったそうだ。
「うん。気を遣われるといけないので、お見舞いは遠慮しますね」
島田氏は応えた。
「レコーディング途中の『グロリアス マインド』の話をしたと思います。タイアップ用のサビだけ録って、ほかの部分は英語詞の仮歌の状態でしたから」
電話から数日後、坂井さんは不慮の事故により、帰らぬ人となった。
■盗まれたスタジオの愛用マグカップ
特に忘れられない曲がいくつかある。
「まず、エンジニアの立場で好きなのは『心を開いて』です。音のバランスを整えて仕上げるミックスをアンディ・ジョーンズさんが手掛けました。アンディさんは、ローリング・ストーンズの全盛期の『スティッキー・フィンガーズ』『メイン・ストリートのならず者』『山羊の頭のスープ』『イッツ・オンリー・ロックンロール』やレッド・ツェッペリンの『レッド・ツェッペリンII』『レッド・ツェッペリンIII』『レッド・ツェッペリンIV』『聖なる館』などを手掛けている腕利きで。B'zのレコーディングに携わって、その後に『心を開いて』も依頼しました。コンピューターで打ち込んだデジタルのドラムスなのに、ものすごく躍動感がある仕上がりになっています」
ストーンズとツェッペリン。世界最高峰のロックバンドのそれぞれ全盛期のアルバムを手掛けている世界一級のエンジニアが、ZARDのサウンドを手掛けていたのだ。
「この曲は生沢佑一さんと川島だりあさんのコーラスも素晴らしい。僕自身気に入っているし、坂井さんも喜んでくれて、FAXで彼女のハナマルマークが送信されてきました」