踏切の名称に惹かれて何十年の、いわば「踏切名称マニア」である今尾恵介さんが、全国の珍名踏切を案内してくれる連載。今回は「勝負」踏切を紹介します。
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踏切には名前がある。開かずの間をイライラ過ごすのではなく、健気に点滅する警報機のお腹のあたりに目を向けてほしい。そこには名前を記した札が掛けられている。それが踏切の名前だ。
私は踏切マニアである。ただし装置としての踏切というよりは、その名称に惹かれて何十年の、いわば「踏切名称マニア」である。
踏切の名前の多くは地名で占められるが、現在は使われていない地名とか、昔はあったけど移転して久しい裁判所前踏切、個人名が付いた鈴木踏切など非地名系もある。あとは学校裏踏切や畑道踏切と安易なヤツもあれば、中には出所不明の謎めいたモノも。
減りつつあるとはいえ、まだまだ全国何万カ所に存在する踏切の中から、味わい深い名前を持つものを訪ねるという、全国初(?)の連載を始めようと思う。酔狂な試みかもしれないが、きっと世の中には隠れ踏切名愛好家が多く潜んでいるに違いない。
■まずは勝負の踏切から
第1回ということで、「勝負」という名の踏切を選んだ。瀬戸内海沿いを神戸から北九州市の門司までたどる山陽線の土山駅(兵庫県加古郡播磨町)が最寄りである。神戸から電車で30分少々の郊外であるが、付近の地形図を眺めているうちに旧山陽道を歩きたくなったので、隣の東加古川駅から南下することにした。
降り立ってみるといかにも大都市郊外の駅であるが、駅舎は曲線の輪郭が印象的な新しいものになっていた。駅前を少し南下すれば旧山陽道である。アスファルト舗装された生活道路であるが、板塀や植え込みの多い家並みが旧道らしい落ち着きをたたえている。独特なゆれのあるカーブが現国道2号とほどよい間隔をとりながら並走している。
駅から2キロばかり歩いた、旧道が線路を斜めに横切る場所に「勝負下」踏切はある。JR西日本の新しいタイプの踏切名標にはルビが振ってあり、「しょうぶした」とある。あっけなく勝負は終わってしまった……。
その数百メートル上り方には「勝負中(しょうぶなか)」踏切がある。手前の線路際には「勝負中」の札がかかった縦長のライトが取り付けてあった。これは「特殊発光信号機」で、非常ボタンが押されるとピカピカ点滅して速攻で電車の運転士に異常を知らせる。乗務員用でルビがないので「勝負中」はけっこう迫力がある。万が一これが光っていれば、直ちに電車を停めねばならない真剣勝負となるのだ。
機械が入ったボックスには「勝負中 33K323M」とあった。この数字は起点・神戸駅からの距離であるが、すべて3でないのは惜しい勝負だ。あと10メートル加古川寄りに設置すればぞろ目だったのに……。