特に好きだったのは石川啄木と中原中也。啄木の歌集『一握の砂』の中の次の歌が特に好きだった。
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ
「彼女はおそらく性格的に自分が生む言葉に自信がなく、だからこそ、新たな言葉との出合いに貪欲で、それによって常に歌詞を紡ぎ続けることを自分に課していたのではないでしょうか。映画は、パトリス・ルコント監督のフランス映画『髪結いの亭主』やヴィクター・フレミング監督の『風と共に去りぬ』を勧めました」
『風と共に去りぬ』のラストには、ヴィヴィアン・リーの有名なセリフがある。
“After all, tomorrow is another day(明日は明日の風が吹く)”
「実は、この言葉をヒントに生まれたのが『Today is another day』です。この曲はアルバムタイトルにもなり、165万枚のセールスを記録しました」
一方、ZARDの曲は、長戸氏のもとに集まったデモから坂井さんに合う音源が選ばれた。
「初期から中期にかけては、織田哲郎さん、栗林誠一郎さんの曲が多かったですね。織田さん自身の、栗林さん自身のアルバムのために書かれた曲を勝手にZARDに使わせてもらったことも多かったと思います。『負けないで』も『君がいない』もそうです。ただ、徐々に時代性にそぐわなくなってきて、後期は、大野愛果さんや徳永暁人さんのような、当時の若手が書いたメロディを採用しました」
アレンジは、音の厚みを意識した。
「日本では大瀧詠一さん、海外ではビートルズの『レット・イット・ビー』やザ・ロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』を手掛けたフィル・スペクターのような音を意識しました。楽器をいくつも重ねて、演奏を厚くしたわけです。特にギターを重要視して、ロックの基本である、5弦、6弦といった太い弦を主にゴンゴンと弾くパワーコードを使い、それ以外にもオブリや12弦ギター、フォークギターなど何本も重ねて入れました。ドラムスは、2拍、4拍、つまりアフタービートを利かせた。また坂井さん自身も、ロックをよく聴いていました。ボン・ジョビやガンズ・アンド・ローゼズです。マドンナの『ライク・ア・ヴァージン』やブロンディの『コール・ミー』のようなダンサブルなロックも好きだったと思います。当時のディスコサウンドでは、カイリー・ミノーグの『愛が止まらない ~ターン・イット・イントゥ・ラヴ~』やボーイズ・タウン・ギャングの『君の瞳に恋してる』の影響もあると思います。僕はそれらを踏まえて、ZARDは平成版ユーミンのロックバージョンをイメージしました。ちなみに僕の想像では、平成版ユーミンのダンサブルバージョンをイメージしていたのがドリカムです」