数日前からワウリンカ戦を想定し練習しているという錦織は、「しなきゃいけないことは、しっかり頭に入っている。ラリーを組み立てながら、アグレッシブにプレーしたい」と、思い描くプランの端緒を口にした。
対するワウリンカは、「圭は危険な選手。ベースラインから下がらず早い展開で打ってくる」と錦織の武器を認めた上で、「自分がやるべきことは、重いボールを打って彼を後ろに押し下げること。フィジカルバトルに持ち込みたい」と言う。自身が優位に立つ腕力と体力で、ツアー切っての業師をねじ伏せに掛かる心積もりだ。
その対戦を占う上で、錦織に有利に働く条件としてあげられるのが、今大会がインドアである点だろう。錦織のインドアでのキャリア勝率は73.2%で、ワウリンカの55.6%を大きく上回る。今季のみで見ても錦織は10勝3敗で、ワウリンカは6勝4敗。一般的にインドアはビッグサーバーに有利と言われるが、錦織のように繊細なタッチと、ロブやドロップショットなどの柔らかいボールを操る選手にとっても、風の影響を受けない屋内は好条件だ。
さらに今回興味深いのは、多くの選手が「去年より速くなっている」と口を揃えるコートサーフェスである。ツアーファイナルズでは“グリーンセット”と呼ばれる種類のそれが用いられており、これは欧州の多くのインドア大会やリオ五輪と同じサーフェス。ただこのグリーンセットの特性は、施工過程の少しの調整で、ボールの跳ね方やスピードなどを大きく変えられることだという。錦織も「ボールが滑る」と感じた今年のコートが、「フィジカルバトルに持ち込みたい」ワウリンカよりも、「アグレッシブにプレーしたい」と決意する錦織に味方するか……? そこも一つ、試合の流れを左右する綾となるかもしれない。
さて、そのように過去の対戦やコートの種類に触れたここまでの話を覆してしまうようだが、彼ら練達の士がいざコートに立てば、その日の体調や精神面など種々な要素をも組み込みながら、繊細で苛烈な戦いがコート上で繰り広げられる。そこはもはや、他者には予測も理解も不可能な領域だ。
大会開幕に先駆け行われた会見で、グループ戦の展望を問われた錦織は、おだやかな表情で言った。
「We will see」――どうなるか、見ていこうじゃないか――。
見る方も「ワクワクする」シーズンクライマックスの戦いが、いよいよ始まる。(文・内田暁)