「イッチィー!!」
市弥が高座に上がると、小さな落語会で30代の女性たちから黄色い声がかかった。これでペンライトが振られて市弥が着物を着ていなければアイドルのステージである。
「やはり『昭和元禄落語心中』のアニメが流行りだしてから変わりましたね。お客さんが薄い(少ない)平日の昼間の寄席が満席だったり、楽屋にまで若い女性の笑い声が聞こえてくるなんて考えられなかった。売れるのはすごくうれしいのですが、人気が出れば出るほど気持ちが引き締まる。いくら人気が出て売れても、落語で引きつけて満足してもらいたいですから。本業は落語家。月に1回は初演のために覚えるネタおろしを課していますし、キャアキャアいわれてももう32歳。会社なら部下もいる年ですよ」
対照的な落語観をもつのが、父親が元大関の清国という192センチの長身のイケメン、二つ目の林家木りん27歳である。
「売れることは正義です。『笑点』の黄色い着物でおなじみの師匠林家木久扇の教えでもあります。いまどき、どしたんだい八っつあん、などといきなり始まる古典落語なんて古すぎて若い人には通じませんよ。この古さを自分で『翻訳』したマクラ(本題の前の雑談)でたっぷりしゃべると、吉原も歌舞伎ネタの『七段目』もよくわかってもらえるんです。だから落語以前のマクラがとても重要で、僕は落語という芸能への案内役になれればいいとさえ思っています」
もうひとりのイケメン落語家は春風亭昇太門下の31歳の二つ目春風亭昇々だ。
「あまりにイケメン落語家といわれるので、毎日何度いわれるか手帳につけていたことがありましたね(笑)。まあそれで、落語ファンが増えるならいいですけど。二つ目になって6年目に入ったいま、ジャズでいうとスタンダードなものもできるし、遊びながらアドリブも楽しめるようになってきたところで面白くてたまらない。古典だけでなく自作の新作落語もやっているので、この新作で1000人のお客さんを本当に沸かせることができるのか、などと考えてしまう怖さも常にある。落語って落語家が生身で自分のすべてをさらけだす芸能。喜怒哀楽のすべてをさらして魂をぶつけるような落語がやりたいですね」
(文・守田梢路)
※アエラスタイルマガジン31号より抜粋