「市街地にあった遊郭をギリギリの高度で飛行するため、朝に客を送り出した後の娼妓が色っぽい姿で訓練を見つめる姿をよく見かけました。彼女らは、常連客の機体番号を知っていたんです。お目当ての飛行機が近くに来ると、手を振って、何かを叫んでいる姿が機上からよく見えました」
11月中旬、猛訓練を終えた加賀の航空隊は、豊後水道に面した宮崎県・富高基地に移動した。富高基地には、海軍工廠から多くの工員がやって来た。飛行機の翼に「耐寒艤装」と呼ばれる、凍結防止の装置を取り付けるためだ。さらに銀色の機体には、迷彩のためスプレーで青黒い塗料が吹き付けられた。
「搭乗員は、細かい目の紙ヤスリで機体を磨くように指示されました。少しでも表面に凹凸があれば、スピードが遅くなるためです。機体を磨きながら、いよいよ開戦が近いなと感じました」
整備が終了すると、搭乗員には3日間の休暇が与えられた。その時はまだ攻撃目標は知らされていない。鹿児島市内に繰り出し、酒を酌み交わしながら、攻撃地点について語り合った。
「(英国領の)シンガポールじゃないのか」
「機体に耐寒艤装を施したのだから、(米海軍基地がある)北のダッチハーバーだろう」
「真珠湾はあまりに日本から遠すぎる。攻撃は無理じゃないのか」
休暇を終えると、富高基地の沖に加賀が姿を現した。艦載機を収容し終えると出港。東方に針路を取った。出港から2時間後、集合がかかった。
「総員、飛行甲板へあがれ」