土用の丑の日には満席となる全国各地のうなぎ屋。ほとんどの店のテーブルには山椒が置いてある。スーパーやコンビニで、調理されたうなぎを買うと、山椒入りの小袋が付いてくる。「うなぎには山椒」が常識で、世間一般にも広く認知されているが、「山椒NG」のうなぎ屋があった。どうしてなのか?その理由を聞いてみた。
山椒を出さないのは、富山市内にある江戸前のうなぎ専門店「うな富」。店主の吉森作造さんによると「山椒の強い香りは、うなぎ本来の風味を邪魔してしまう」という。白焼きにかけるなど、もってのほかだとか。小粒でもピリリと辛い山椒の実は舌を痺れさせる。「痺れた舌でうなぎを食べても、うまいとわかるはずがない」との持論を展開する。
「うなぎに山椒をかける習慣は、関西料理界から広まったと聞いています。しかし近年、使用されているうなぎは、養殖がほとんど。天然ものと違って泥臭さはほとんどありません」(吉森さん)
新鮮な海の幸を刺し身で味わうなど、素材の味を大切にする北陸人ならではの感覚かもしれない。辛みだけのわさびなら、魚本来の味を引き立ててくれる。しかし、香りと刺激がある山椒は、うなぎの風味を殺してしまうと考えている。ちなみに「うな富」では「ひつまぶし」も出しており、こちらは「わさびを付けてどうぞ」とのこと。「うなぎの味をより深く味わってほしい」という思いがある。
吉森さんは52年前、東京・日本橋で修業を積んだ師匠に弟子入りした。「うな富」の暖簾を引き継いで20年以上になる。聞けば、開店時から山椒は置いていないらしい。
多くの客が「山椒はないの?」と聞くそうだ。「ない」と言うと、立腹して出て行った客も……。しかし、この客は半年後にまた来店し、おいしそうにうな重を平らげ、その後は常連客になった。山椒を出さないことについて、この常連客は「頑固者だなあ」と言うそうだ。ほかの客にも持論は浸透しつつある。
6~7年前、首都圏から日本料理界の重鎮で、調理師会のトップとされる料理人が来店した。やはり、「山椒はないの?」とたずねてきた。理由を説明するとしばらく考え、「それでいいのかもしれないね」と納得した様子だったそうだ。その後、年に1度、必ず足を運んでくれるようになったらしい。
ところで、土用の丑の日にうなぎを食べるようになった理由は諸説あるが、その一つは平賀源内の発案とされる。夏場に売り上げが落ちるうなぎ屋から相談を受け、「丑の日に『う』の付くものを食べると夏負けしない」という言い伝えを踏まえて、「本日丑の日」と店頭に広告を出すよう勧めたとか。200年近く前の話である。
漢方医学的に見ると、山椒には胃腸を温めて消化を促進し、食中毒予防の効果があるらしい。天然モノのうなぎしかなく、輸送事情が悪かった時代、油っぽさや臭みを消すために山椒を使ったのだとしたら、納得できる。新鮮な養殖うなぎが流通する今日、江戸時代と同じような理由で、うなぎに山椒をかける必要は、確かにないかもしれない。
土用の丑の日にうなぎを食べながら、うなぎにまつわる常識・非常識を考えてみてはいかがだろうか?
(ライター・若林朋子)