営業担当がいないのに、クチコミで売上を伸ばし続ける日本酒がある。人によっては「ぬか漬けのにおいがする!」などと表現される独特の発酵の香りを持つ「五人娘」は、千葉の蔵元・寺田本家の手によるものだ。

 知る人ぞ知る寺田本家の酒造りは、蔵元曰く「本来の酒造り」だが、平成の今では逆に強烈な個性ともなっている。
原料の米は無農薬、周囲の農家とともに作り上げるもの。洗米機を使わず、井戸水にざるで沈めた米は、粒をつぶさないように手で洗い上げる。その米を蒸して、木桶に麹や水とともに仕込み、何度も何度も手でかき混ぜて水が均一に行き渡るように配慮する。夜中にも何度も起きてこの作業を手で行う。

 寺田本家の酒はあらゆる工程に「手」が関わるまさに手仕事が産んだ酒なのだ。

 当主である寺田優さんはこうした工程と、それによって生まれる微生物を何よりも大切にしている。酒を造る酵母菌はじめ、蔵の中に住む無数の微生物、人間それぞれが体内に持つ微生物、それらが影響し合い、調和すること、それはまるでミクロコスモスであり、人間の波動や思いまでもがそこに加わって酒を育て、うまさを産む、寺田本家の酒の神髄はここにある。

甑からもうもうと上がる湯気。蒸し上げられた米が、自然酒「五人娘」に生まれ変わる。
甑からもうもうと上がる湯気。蒸し上げられた米が、自然酒「五人娘」に生まれ変わる。
蒸し上がった米を広げ、手で返しながら熱を冷ましていく。寺田本家の酒が「てのひら造り」といわれるゆえんだ。
蒸し上がった米を広げ、手で返しながら熱を冷ましていく。寺田本家の酒が「てのひら造り」といわれるゆえんだ。

 精米歩合も60~70%、酒によっては90%近いものもある寺田本家の日本酒はミネラルたっぷり、そして余分なものは何もくわえられていない。だからか、少々飲み過ぎても悪酔いしたり、二日酔いで苦しんだりすることがないという評判も聞こえてくる。

 寺田さんは酵母菌のみならず発酵のおもしろさにとりつかれ、マイグルト(発酵甘酒)や漬け物、酒粕なども手がけており、こちらにもファンが多い。また、発酵食品の魅力を知ってもらおうと始められたイベント、「お蔵フェスタ」も今年が9回目。人口6000人程の千葉県神崎町に、5万人の来場者があるというから、その人気のほどがうかがえる。

 ところで「いったいどんな酒なんだ!」と、寺田本家の酒を飲んでみたくなった人もいるのではないだろうか。

 そんな人におすすめのイベントが東京丸の内で4月22日(水)に開催される。

 (公財)日本自然保護協会が主催するオープンカレッジで、寺田本家の「五人娘」を試飲しながら「微生物の多様性と調和が醸す『自然酒』づくり」と題た寺田さんの話を聞き、日本酒と日本の自然の関わりをも知ろうというイベントだ。

 同協会では、これまでも「酒と肴と日本の自然」について学ぶイベントを開催してきており、石川県の「白山菊酒」、新潟県の朝日酒造の「参乃越州」「久保田紅寿」「越淡麗」などを味わう機会があった。

 「自然保護と日本酒にどのような関連が?」思われる方もあるだろうが、日本酒を作り上げる、水、米、麹などの微生物はすべて自然の恵みである。日本酒の生産者の皆さんのお話からは、多様性をもつ自然環境が良質の水や米をもたらし、素晴らしい日本酒を生み出す背景となっていることを知ることができる。

 平日の夜のイベントだが、帰宅前の一杯と知的好奇心が同時に満たされるチャンスなので、参加を検討してみてはどうだろう。

【関連リンク】
Nカレ シリーズ17 「自然に学ぶ酒づくり」について学ぶ
http://www.nacsj.or.jp/katsudo/seminar/2015/04/nacs-j-17-422.html