
日本代表の新監督に、元アルジェリア代表監督のバヒド・ハリルホジッチ氏の就任が決定的となった。3月12日に開かれる日本サッカー協会理事会で承認されれば、正式に「ハリルホジッチ・ジャパン」が誕生する。
ハリルホジッチ氏は旧ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)生まれの62歳。現役時代はユーゴスラビア代表として1982年のスペインW杯などに出場した。一方、指導者としては、フランス・リーグの「レンヌ」や「パリ・サンジェルマン」などで手腕を発揮したほか、コートジボワールやアルジェリアといった代表チームの監督も歴任している。
とりわけ、その実力が発揮されたのは、昨年に開かれたブラジルW杯だ。アルジェリア代表を率いたハリルホジッチ氏は、チームを初のベスト16に導いている。決勝トーナメント1回戦では、惜しくも、優勝したドイツに延長戦の末、1-2で敗れたが、優勝チームを最も苦しめたチームとして、世界的にも高く評価された。
八百長疑惑が浮上したアギーレ氏が、2月3日に代表監督を解任され、誰が新監督に就任するか、注目されていた。スポーツ新聞では、元デンマーク代表のミカエル・ラウドルップ氏や元鹿島のオズワルド・オリヴェイラ氏など、20人近い名前が紙面を飾った。
なぜ、これほど多くの監督候補が報じられたのか。背景にはこんな事情がある。ヨーロッパのリーグは、シーズンの折り返し点を過ぎ、そろそろ来シーズンに向けて各チームが監督人事で動きだす時期でもある。日本代表監督として取り上げられた人物が「日本のオファーを断った」と自分はフリーであることをアピールしたかったのだろう。また、その代理人が日本代表の監督に売り込もうと、日本サッカー協会と交渉していないにもかかわらず、メディアに監督候補としてリークするなど…まさに「珍騒動」といえる状況だった。
さて、ハリルホジッチ氏に話を戻そう。さきほど、ブラジルW杯の好成績について触れたが、もうひとつ評価されている点がある。2008年から率いたコートジボワールの代表監督としての実績だ。彼は、コートジボワールで“超攻撃的なチーム”を作ったのだ。南アフリカW杯予選では、8勝4分けで突破して、同国を2度目のW杯出場に導いた。その内容をみると、失点はわずか6点で、得点は29点もあげている。だが、優勝を期待されたアフリカ選手権でベスト8に終わり、W杯の本大会を目前に解任されてしまう。
しかし、ハリルホジッチ氏はリベンジを果たす。2011年にアルジェリア代表監督に就任。従来のていねいにパスをつなぐ同国のサッカーに、強固な守備力を加えた。そして素早い攻守の切り替えからのカウンターや徹底したサイドアタックを導入したのだ。本大会の予選リーグでは、1-2でベルギーに敗れたが、続く韓国戦は4-2で勝利を収めた。さらに第3戦のロシアには1-1で引き分けて、ベスト16に進出した。
とりわけ、注目されたのは、試合ごとで変化するシステムだ。ベルギー戦ではオーソドックスな「4-3-3」を採用して敗北すると、次の韓国戦は先発メンバーを5人入れ替えて守備重視の「5-4-1」に変更し、カウンターなどからゴールを重ねて勝利を収めた。それは、第3戦のロシア戦でも発揮される。攻守にフレキシブルな「4-2-3-1」にシステムを変更すると、先制されながらも後半の猛攻でドローに持ち込みグループリーグを突破した。
変幻自在といえる戦術は、決勝トーナメント1回戦のドイツ戦でも効果的だった。守備的布陣の「5-1-3-1」から、試合途中で攻撃に比重を置いた「4-2-3-1」に変更して、ドイツを延長戦まで追い詰めた。
ブラジルW杯後、ハリルホジッチ氏はトルコのクラブチーム「トラブゾンスポル」の監督に就任したが、任期途中で契約解除され、現在はフリーだった。この点も日本には幸いした。気難しい性格と言われ、選手やクラブ首脳との衝突も絶えなかったが、それだけ信念を曲げない強い自負といえるだろう。今の日本代表は、“団結心”はあるが、“仲良しクラブ”にもみえる。そこに競争意識を植え付ける可能性を感じさせる指揮官なのだ。彼の就任により、選手はよりタフなハードワークを求められることは間違いない。攻守の切り替えの速さによるサイド攻撃とカウンターがハリルホジッチ流だが、一つ問題があるとすれば、現在の日本にはサイドアタッカーが不足していること。これをどう解決するのか。こちらも見ものである。
(サッカージャーナリスト・六川亨)

