稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
我が家の残りの便所紙。これだけあれば1カ月はいける実績ありなので無問題(写真:本人提供)
我が家の残りの便所紙。これだけあれば1カ月はいける実績ありなので無問題(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】我が家の残りの便所紙 これだけあれば1カ月はいける実績あり

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 人に会えばコロナの話。影響は生活全般に及び見通しも立たぬことを思えば仕方なし。でも思わぬ人の思わぬ側面を見てウッとなることもあり、それがストレスである。

 典型は、どこぞで聞きつけた陰謀論を「ねえ知ってる?」と、聞いてもないのに披露するお方。そんな真偽不明のオハナシを伺ったところで「へー」としか反応しようがない。っていうか、それが事実にせよただの噂にせよ、だからどうしろと? いま大事なことは明らかにそこじゃないだろう。というわけでサッサとその不毛な会話を終わらせたいのだが、本人は私の気の無い返事に明らかに不満そうである。あーめんどくさい。

 もちろん何を信じようが人様の自由。だが困惑するのは、普段は攻撃的でもエキセントリックでもない普通の人が、なぜそこに固執するのかわからないことだ。それがどうにも不気味で、嫌いじゃなかったその人への不信感がムクムクと湧いてくる。困ったもんだと考えていて、もしやと思い当たることがあった。

 この人は単に孤独なんじゃないか。世間が騒然としている時、それに関する刺激的な新ネタを披露すれば食いついてくる人もいるだろう。いや、そもそも何を信じていいかわからないから自らもここに食いついたんだろうし。

 で、それはこの人に限ったことじゃない。我らは孤独の中を生きている。コロナはその弱点を着実についてきた。

 騒ぎの広がりと同時にネットで様々なデマが拡散し、この原稿を書いている時点で、我が近所の店からも便所紙が姿を消した。米や即席麺が消えたところもあると聞く。分け合えば余るものも奪い合えば足りなくなるだけだ。それでも奪い合う。我らのスマートな社会はいつの間にか、迷信に振り回される太古の昔に戻っていたのである。デマを流す人がいて、信じる人がいる。AIだってその威力にはかなわない。その原動力は悪意ではなく淋しさなのだ。信じられる仲間がおらず、いざという時に助けあえる人もいない。そんな社会を我々は生きている。

AERA 2020年3月16日号

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稲垣えみ子

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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