先生たちは世の中を良くしていくため必死に研究を重ねているのに、なぜ情報がいきわたっていないのか。それは、私たち現場の人間が情報発信をしていないからなのだと気づきました。揺るぎのない理論構成のもとでアカデミックに伝えられる技術をつけないと、彼らに情報は届かない。この出来事があって、研究者としての道も進むことに決めました。

—テレビなどのメディア取材での上条さんは、利用者さんに優しくされたエピソードなど、介護の明るい面を発信することがほとんどです。

 介護の現場の素敵なところや明るい面は引き続き各メディアやSNSを使って発信していきたいと考えています。その一方で、労働環境や制度など現場の課題は尽きることがありません。決して整っているとは言えない環境を変えるには、自分で研究をし、論文を書いて確固たる根拠を作るしかないと思うのです。

 別の講演会で介護の現状を話したら、政治家の方に「高齢者が介護を受けてまで生きる意味は何ですか?」と聞かれました。そのような質問をする大人に出会ったことがなかったし、そもそもその意味を問うなんて考えたことすらありませんでした。介護を通して、高齢者にたくさんの学びや生きがいをもらっている私には衝撃的すぎる質問で、うまく答えることはできませんでした。

 しかし、もしかしたら多くの人は、言ってはいけないから言わないだけで、それに近いことを考えているのかもしれません。だとしたら、「命は当たり前に尊く、大事ですよね」ではなく、誰にでも伝わる言葉を見つけないといけない。「高齢者が生きていることは私たちが豊かになることにつながる」ということを言語化したい、言語化できない現実なら変えていかなければならない。

——介護について、今後何を伝えていくべきでしょうか。

 現在、介護現場の労働環境に関する調査・研究をしていますが、介護職の労働環境に関するリテラシーの低さを痛感しています。もちろん、一人の介護職である私も含めてです。介護業界では、介護職の労働環境に課題があるのは人材不足が原因だと言われていますが、十分な人材がいたとしても、おそらく改善されない悩みごとのほうが多いでしょう。だからこそ大学の先生や研究職からだけでなく、改善を一番願っている現場職からも、政策につながるエビデンスになるような論文を書いていきたいと思います。

【プロフィール】
かみじょう・ゆりな/1989年生まれ。介護福祉士・モデル。白梅学園大学非常勤講師。東京大学政策ビジョン研究センター研究協力者。