西郷隆盛が好んだ佐藤一斎の言志四録には「達人の見解」と題された次のような一文があります。

「人の一生の間に出会うところは、道路にたとうれば、険しい処もあり、平坦な処もあり、また水路にたとうれば、穏かな流れもあり、逆巻く大波もある。こういうことは命運の自然で、どうしても免れることの出来ないことである。即ち易に説かれた道理である。それであるから、人は自分の居る処に安んじ、これを楽しめばよい。もしこれ趨(はし)り避けようとするのは、決して達人の見解ではない」(『言志四録(二)言志後録』川上正光全訳注、講談社学術文庫)

 そうなのです。一日一日は、わが一生のうちにただ一回だけのかけがえのない一日なのです。それが穏やかであろうと、逆巻いていようと、その一日を受け入れ、大事にするしかありません。

 私が好きな俳句に中村草田男さんが詠んだ次のような一句があります。

 はまなすや今も沖には未来あり

 中村さんは「今」という一瞬を捉えて、この句を詠んでいます。私は今より「今日」の方が、より情趣があるように思うのです。

 はまなすや今日も沖には未来あり

 今日一日に思いを込めて、こう使わせていただいています。

週刊朝日  2020年4月3日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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