ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回はパソコンの故障について。
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パソコンが壊れた。
二カ月ほど前からユーチューブがときどきフリーズしていた。二十秒ほどそのままにしておくと復旧するので、ま、ええか、とほったらかしにしておいたが、フリーズはますます頻繁になり、五分に一回は発生する。なにが原因や、と思いはしたが、オアシス(親指シフト)で原稿を書くぶんには支障がないので、対処はしなかった。
そんな状態だった昨日、編集者からメールが来たので返信文を書いていたら、突如、フリーズした。じっと待っていても復旧しないから、いったんパソコンの電源を切り、再起動させると、黒地に白の文字画面(英語でなにやら書いてある)が出たきり、いつものデスクトップ画面に進まない。何度も再起動させたり、プラグを抜いてまた電源を入れたりしたが、どうにもいうことをきかなくなってしまった。
困り果てたわたしはパソコンマスターのMさん(テニス仲間、現役のころはプログラマーをしていた)に頼んで状態を見てもらった。Mさんは復旧作業をしてくれたが、薬石効なく、わたしのパソコンは永眠した。製造は2010年だから、壊れてもおかしくはない。パソコンとしては長命だったのだろう。
パソコンの永眠はしかたないが、中のデータが失われたのはけっこう痛い。わたしは日頃、書いた原稿のバックアップをしないから。
壊れたパソコンと同じ型の予備のパソコンを出してきてキーボードをセットした。抽斗(ひきだし)の奥にあったUSBメモリーを差してみると、最新のバックアップは2017年3月だった。なんと、三年分もの原稿データを消滅させたのだ。
バックアップを怠った後悔はしたが、連載中の小説誌の原稿は一昨日、出版社に送っていた。つまり、締め切りの翌日にパソコンがダウンしたのだ。わたしの三年分のデータは失くなったが、出版社には連載原稿のデータがある。不幸中の幸いとはこのことか。