窪美澄(くぼ・みすみ)/1965年、東京都生まれ。2009年「ミクマリ」でデビュー。11年『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、12年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞、19年『トリニティ』で織田作之助賞(撮影/写真部・加藤夏子)
窪美澄(くぼ・みすみ)/1965年、東京都生まれ。2009年「ミクマリ」でデビュー。11年『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、12年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞、19年『トリニティ』で織田作之助賞(撮影/写真部・加藤夏子)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

 窪美澄さんの最新作、『たおやかに輪をえがいて』が刊行された。主人公である主婦、絵里子は、夫の風俗店通いと娘の危ない恋愛を知り、自身の生き方を考え始める。家庭から新たな世界に踏み出し、輝いていく女性を描いた長編小説に、窪さんはどのような想いを込めたのだろうか?

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 夫は風俗店通い、大学生の娘は怪しげな男と交際して深夜に帰宅する。家族に尽くしてきた52歳の絵里子は割り切れない思いを抱き、「私の『自分』はどこに行ってしまったのか」と考え始める。

「初めて自分と同世代を主人公にして書いた小説です。過ぎてきた30代、40代のことは書きやすいけれど、リアルタイムのことは生々しくて書きにくいんですよね。でも、書いてみたら楽しかった」

 50代は子育てが一段落するなど、人生後半を考える時期でもある。窪美澄さん(54)は家族という狭い世界に生きてきた絵里子にいろいろな経験をさせて揺さぶりをかけ、物語を紡いでいった。

 絵里子が出会う女性たちは生き生きとしている。美容整形して同性のパートナーと暮らす友人、写真家の卵、病を抱えても前を向く年上の女性……。それに対して男性はくすんだ印象の人が多い。

「ろくでもない男しか出てこないね、と読んだ人に言われたんですけど、書いてると自然にそうなっちゃうんです」

 その代表格が風俗店のポイントカードを持つ夫だ。窪さんはマンションの一室にあるデリヘルの事務所を取材した。平日の昼間というのに予約の電話がひっきりなしに入る。店の男性はパソコンで客の履歴を見ながら「その子は先約が入ってるけど、巨乳でロリ系のこの子はどうですか?」と交渉していた。

「カルチャーショックでした。漫画の接客マニュアルがあって、今度いつ会えるの? と上目遣いに言いなさいとか書いてある。男の人はそれでいいのかと驚いたし、店側のしたたかさにも感銘を受けました」

 家庭から外に出た絵里子は少しずつ自分を取り戻していく。子どもが巣立った後の夫婦の形は長寿社会の今ならではのテーマ。窪さんは物語を通して「卒婚」という形もあると提案する。他にも母娘関係、LGBTなど、現代的なモチーフがリアルに描かれているのもこの作品の魅力だ。

 窪さんは午後1時になるとコーヒーをいれて夕方6時まで原稿を書く。体調は週1回30分の加圧トレーニングで管理している。

「私は子育てが終わって、余った時間を全部小説に使えるんです。小さい子を抱えて、この先どうなるの? と思っている30代、40代の人もいると思いますが、子育てには終わりがあるし、50代はまだつややかに、たおやかに生きられる。そういう、ごほうびみたいな時間が来ますよ、ということも伝えたかったんです」

(ライター・仲宇佐ゆり)

■東京堂書店の竹田学さんオススメの一冊
『支援のてまえで たこの木クラブと多摩の四〇年』は、支援や共生社会をつくる上で必読の一冊。東京堂書店の竹田学さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

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 障害のあるなしにかかわらず、地域で共に生きることを願い設立された「たこの木クラブ」。就学時健診反対運動など市民運動が活発な多摩で生まれ、キャンプなどの子ども会活動を重ね、子どもたちの成長とともに地域での障害者の自立生活支援へとつながるこのクラブの歴史と現在が、本書では多角的に描かれる。

 代表・岩橋誠治の支援論や実践記録でもある「たこの木通信」の紹介コラム、忌憚のない「たこの木」批判もなされるスタッフの爆笑インタビューや、取り組みを思想的に位置づける試論……。「たこの木」を取り巻く人々のネットワークからなる本書は躍動感に満ち、読み物としても十二分に面白い。その人の暮らしに根差し、「支援のてまえで」関わり続けることの大切さを伝える本書は、今後の地域における支援や共生社会をつくる上で必読の一冊だ。

AERA 2020年4月6日号