音楽評論家の湯川れい子さんは、世界のスーパースターと交流してきた。『スリラー』で爆発的ヒットを飛ばす前の故マイケル・ジャクソンもその一人。マイケルは彼女とのインタビューの中で黒人としてのこだわりを見せていたという。当時の様子を音楽ライターの和田静香氏がこう記す。
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湯川には、どうしてもマイケルに尋ねたいことがあった。
「なんで『ハートブレイク・ホテル』なんですか?」
マイケルは80年秋に発表したジャクソンズのアルバム『トライアンフ』の中で、エルヴィスの大ヒット曲と同じタイトルの「ハートブレイク・ホテル」を書き、歌っていた。「復讐」をテーマにした曲で、エルヴィスを揶揄するような歌詞も出てくる。
「あれはエルヴィスのファンにとっては神聖な曲なのに、それをタイトルにするなんて......」
すると、マイケルはキッとした顔をして言った。
「僕らにとっては神聖でもなんでもありません。エルヴィスは黒人の音楽を盗んだのですから」
湯川は反論した。
「でも、黒人の音楽と白人の音楽をつないだエルヴィスがいたからこそ、黒人の音楽だってお茶の間に入ることができるようになって、今のブラック・ミュージックがあり、モータウン・レーベルも進出できたのではないですか?」
マイケルは首を縦に振らない。
「十分ではありません。僕たちが置かれている立場は決して十分ではないのです。ご覧なさい、肌の黒いスーパーマンはいますか? 肌の黒いピーターパンはいますか?」
そういわれて絶句してしまった。その通りだと思ったからだ。
※週刊朝日 2012年6月8日号