「抑肝散では、向精神薬であらわれる運動症状(動作緩慢、ふるえ、話しづらくなるなど)が見られないため比較的安全に使え、BPSDの幻覚、妄想、興奮などに対して効果があるという報告が相次ぎました。そして、抑肝散の投与が選択肢のひとつとして注目されてきました」
このほか、釣藤散(ちょうとうさん)はランダム化比較試験で血管性認知症の不眠、幻覚、妄想、せん妄に対しての効果が認められている。また、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)や柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)は、もともと不安やイライラ、うつなどの改善効果があるため、同様な症状の認知症患者にも使える。
認知症患者が増え、一般開業医でも認知症を診る機会が多く、漢方薬の効用がますます重視されている。「ただし、抑肝散にも低カリウム血症という副作用が見られることがあるため、一定の注意は必要です。またBPSDに効果が報告されているほかの漢方薬は、直接、認知機能障害を改善する薬ではありません。認知機能障害に効果を示す漢方薬が見いだされることを期待します」
そのなかで注目されているのが人参養栄湯(にんじんようえいとう)だ。アルツハイマー型認知症患者に人参養栄湯を処方し、その後の経過を観察した英文の研究論文が二つ報告されている。
「二つの論文とも人参養栄湯を加えると認知機能に改善があったことが示されています。人参養栄湯はもともと胃腸障害や衰弱状態に対して処方される漢方薬です。認知症が進行して、不活発で意欲がなくなった場合にその症状を改善し、認知機能の改善も見られたことが示されています」
抑肝散が行動を抑える薬であるのに対して、人参養栄湯は行動を活発にする薬であるといえる。
レビー小体型認知症やアルツハイマー型認知症では、神経伝達物質のアセチルコリンが極端に減る。抗認知症薬はアセチルコリンの分解を抑制するのに対して、人参養栄湯に含まれる遠志(おんじ)はアセチルコリンの産生を増やす効果があるとされる。「したがって、遠志が含まれている帰脾湯(きひとう)や加味帰脾湯(かみきひとう)も、貧血、うつや不安に対する効果が報告されていますが、さらには認知機能に対する効果が期待されます」