「当たり前に続(つづ)くと思っていた日常(にちじょう)が突然くるっと変(か)わる、あるいは消えてしまう。このことを、みなさんにはじっくり考えてほしいのです。それも個人(こじん)の事情(じじょう)じゃなく、国や社会の事情で変わってしまうことがあるんだ、ということを。
だからこそわたしは、みなさんが主体的(しゅたいてき)にこの時期を生きてほしいと思います。大人たちの言うことを全部うのみにするのでなく、自分で考えて動いてください」
あさのさんの子どもたちへの言葉に胸が熱くなった。
「友達と会えない悲しみ、学校から解放(かいほう)された喜(よろこ)び、ドタバタする大人を見てうんざりした気持ち、医療現場(いりょうげんば)などで必死(ひっし)に働(はたら)く大人をすごいと思った気持ち。自分の言葉で友達や家族、大人たちに話してみてください」
局から歩いて10分ほどのところに四谷の土手がある。何年か前、花見客に交じって志村けんさんがスタッフと車座になってラジオ収録を行っていた。上智のグラウンドを見下ろしたり、迎賓館を眺めたり、JFN系列で番組を持っていた志村さんはスタジオを飛び出し、東京の春をマイクスケッチして下さった。「ソウルミュージックに詳しくて、勉強になりました」とアシスタントの中田美香さんが生番組で偲んでいた。子どもはみんな志村さんが好きだった。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
※週刊朝日 2020年4月17日号