マスク輸入は半分を現金、残りは船荷証券(BL)で確認した後に振り込むのが一般的だが、国側は全て現金決済という条件を譲らなかったといい、実業家が現金を立て替えて通常の手順で進めることになった。最初は3千万枚を船に積み、BLが出たら荷物と一緒に動画を撮り、それを確認して振り込み手続きをする。同様に1億枚に達するまで何回かに分けて船便で発送するという流れだった。

「その見積もりで翌日に政府の調達会議に諮ったところ、ダメだったと連絡があった。財政担当の重要閣僚が首を縦に振らなかったのが理由と聞きました。ある政治家の秘書からは『中国産は使わないという話になっているので、多分決まらないよ』とも言われていた。何が真相かわかりませんが、モノは確実にあるのに届けられないのは誰のせいなんでしょうか」(大田さん)

 政府の後手後手ぶりが際立つケースもある。医療機関で深刻に不足している高機能マスクについて、厚労省からの依頼というバイヤーが3月末、1枚300円以内で1千万枚調達したいとの要望で大田さんを訪れた。

 大田さんは3M社の「1860」という高性能マスクを用意できるメドが立ったが、その時の単価は300円を少し超えていたためバイヤーに断られたという。大田さんが続ける。

「確かにその直前の単価は270円ほどでしたが、日々値上がりしているんです。1週間後に同じバイヤーが『300円台でもいい』とやってきたけど、その時はもう370円を超えていて、彼はまた買えなかった。以前の価格に固執しすぎて決断できなかったからです。そうするうちにトランプが『他の国に渡さない』なんて言い出して1枚6ドルになってしまった。こんなことをしていて国民の命を守れるんですかね」

 安倍晋三首相が決めたガーゼマスクの各戸配布にかかる費用は466億円と言われる。この額があれば、医療用マスクを1億枚前後買える計算だ。

「1億枚ぐらいならすぐに集められる。50億枚集めろというなら集めます。何度も言いますけど、ブローカーが値を釣り上げているのではなく、世界中で奪い合いになって仕入れ値が急騰している。必要な時に決断できないと、後手後手に回って対処しきれなくなりますよ」

 こう嘆く大田さんは、医療用高機能マスクを医療機関に安定供給できるよう奔走している。

「3Mの医療用マスクを低価格で買い付けられそうなのですが、そのためには仕入れの数量をかなり大きくしないといけない。病院グループや複数の医療機関が共同出資すれば可能だと思いますが、本来は政府や自治体が一括購入して配布するべきなんです。私を政府調達のバイヤーにしてほしいぐらいです」

(編集部・大平誠)

AERA 2020年4月20日号より抜粋