「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第23回は「フィリピンのタクシー」について。
* * *
フィリピンのマニラにあるニノイ・アキノ国際空港。新型コロナウイルスの嵐が吹き荒れる前の1月、この空港に着いた。
この空港のタクシーは、東南アジアのなかでもぼったくり率が高かった。行政側はそれに対して、事前に運賃を払うクーポン式タクシーを導入した。そのタクシーはしっかりしていたが、運賃は一般タクシーの3倍。旅行者や地元の人から、「それならぼられたほうがまだ安い」と批判を浴びる代物だった。
僕はいつも出発階に向かった。空港まで客を乗せてきたタクシーを狙った。ぼられる確率が低かったからだ。
そのときも出発階に向かおうとすると、グラブタクシーの看板があった。試しに行ってみることにした。東南アジアでグラブタクシーが広まっている。グラブタクシーは、ネットの配車アプリを使ったタクシーだ。日本ではウーバーが知られている。
東南アジアのタクシーはくせ者である。運賃メーターがついていても、それを使わずに高い運賃を吹っかけてくるタクシーは珍しくない。運賃メーターが通常より多く加算される小細工もある。
そこに登場した配車アプリ型タクシーは画期的だった。目的地を入力すると、事前に運賃が表示される。通常のタクシーより2~3割高かったが、運賃を交渉する必要がなかった。運転手は事前に目的地もわかっている。言葉に不安がある外国人旅行者の間では、グラブタクシーを選ぶ人が多くなる。
地元の人の間でも広まっていった。理由は運転手の質だった。グラブタクシーは運転手の採用基準を厳しくしているといううわさだった。
当然、既存のタクシーともめることになる。タイでは空港でトラブルが生まれた。既得権をもち、経費も払っている空港タクシーの運転手がグラブタクシーの乗り入れを拒んだのだ。傷害事件も起きたという。