大のエルヴィス・プレスリー好きとして知られる音楽評論家の湯川れい子さん。ラスベガスのホテルで行われたコンサートでエルヴィスの肉声を初めて聴き、翌日には本人と対面。なんとエルヴィスにキスをしてもらったという。その後、湯川さん本人が企画したエルヴィスのコンサート鑑賞ツアーで、のちの夫・田村駿禮(たかのり)さんに出会う。当時の様子を音楽ライターの和田靜香氏がこう記す。

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 ふたりは交際を始め、結婚が近いことを意識し始めたとき、照れ屋の田村が、「エルヴィスに会わせてくれるなら、結婚してやってもいいよ」

 と言った。

 湯川は「わかった」と答え、それを実行してしまう。猪突猛進。有言実行。乙女の信念、岩をも通すとでも言おうか。

 日本でもエルヴィスのアルバム『アロハ・フロム・ハワイ』は25万枚を売り上げ、そのゴールド・ディスクを渡すという口実を作り、アシスタント・マネジャーのトム・ディスキンに連絡をすると、快諾してもらえた。

 8月10日、ラスベガスの教会で結婚式を挙げた後、エルヴィスと対面。結婚証明書に証人としてサインをしてもらい、記念撮影をした。そしてここでもまた言ってしまう。

「キスしてください」

 新郎の目の前でエルヴィスにキスをせがむとは! かつてアーニー・パイル劇場の前でアメリカ人将校に傘をさしかけ、「英語を教えてください」と真剣に頼んだ、破天荒なことをあたりまえのようにしでかす突飛な少女の面が、まだ湯川の中にあったということだろうか。今になればすべてが甘く楽しい、夢のような思い出ではあるが――。

週刊朝日 2012年6月1日