仕方なく「現状では検査は受けられない。外出は控え自宅待機してほしい」と伝えると、男性は怒りをあらわにした。
「自分は一人暮らしで生活保護の身。メシはどうするんだ。出前を取るカネもない。そこまで言うなら、ちゃんと検査して陽性なら隔離してくれ。それなら従う」
A医師には返す言葉がなかった。だが万一、コロナだったら感染を拡大させてしまう恐れがある。さらに困ったのは、男性がゲホゲホせき込みながら「腰痛があって、このあと大学病院の整形外科に予約が入っている」と言いだしたことだ。
「感染を拡大させる恐れがありマズいと思いましたが、大学病院の感染者外来に回してもらえればPCR検査が受けられるかもしれないとも考えた。大学病院に電話で問い合わせると、『感染の疑いのある人の受診は勘弁してほしい。いらっしゃっても診察しませんので』と言われてしまった」(A医師)
結局、腰痛に必要な薬はA医師が処方した。
「外出は最低限にと伝えましたが、その後、守っているかもわかりません。結局、周囲に感染を広げる疑いがある患者さんを『野放し』にしているのです」(同)
スポーツ選手や芸能人の感染例が報道された後は味覚・嗅覚異常を訴える検査希望者が殺到したが、A医師は「その程度の症状では、検査の箸にも棒にも引っかからない」と首を振る。
「医師の私が感染を疑う患者すら“野放し”にせざるを得ず、恐ろしい。今や感染経路が不明な人のほうが圧倒的に多く、市中にすでに蔓延(まんえん)している可能性が高い」(同)
本誌は東京都医師会に対し、先の3条件を開業医に通達した件と、「38度以上の発熱が2週間以上」という基準を保健所が告げたことの事実関係を問い合わせた。同医師会の角田徹副会長がこう答えた。
「コロナ外来(PCR検査)のパンクを避けるため、開業医においてある程度トリアージ(患者の重症度によって搬送や治療の優先順位を決めること)しましょうという趣旨です。フローチャートは普通の風邪や細菌性の肺炎などとコロナをある程度、峻別するためのもの。決してガイドラインではなく、あくまで目安です。『38度が2週間以上』という基準はあり得ず、全く承知していません」