「性暴力救援センター日赤なごや なごみ」で精神看護専門看護師として被害者の心のケアにあたる、日本福祉大学の長江美代子教授(精神看護学)は言う。

「まったく予想もしなかった危機や恐怖に対した時、人は生命維持装置が反射的に発動し、動けなくなってしまいます。動物が身を守るために行う『死んだふり』です。また、あまりにつらくて受け入れがたい出来事が起こると、心と体を切り離す解離も起き、いやな時間が終わるのをじっと待ちます。そうした状況で抵抗なんて絶対にできません」

 では一体なぜ、刑法に「抗拒不能」の要件があるのか。

「根底にあるのは、男社会の考え方。100年以上経っても根強い」

 30年以上にわたり、性暴力の被害者支援に取り組んできた角田由紀子弁護士はそう話す。

 刑法が制定されたのは明治時代の1907年。当時は家父長制で、女性の権利はないも同然だった。女性は貞操を守ることが重んじられ、結婚すると家を継ぐ子どもを生むのが仕事とされた。女性の意思は最初から存在する余地はなく、被害に遭えば「抵抗する」ものとされてきたと指摘する。 

「その枠組みの中で、それでもあまりにひどい暴行や、相手が意識不明の時などに行った性行為についてはさすがに合法というわけにはいかないと考え犯罪であるとした。それが『暴行・脅迫』を用いた場合の強姦罪と、相手の『抗拒不能』に乗じた場合の準強姦罪です」(角田弁護士) 

 だが「抵抗が困難な状態」について、はっきりとした基準はない。唯一、戦後間もない49年、最高裁が「暴行・脅迫」について「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度」という考えを提示しただけだ。今もそれが基準で、そのため裁判官によって供述や客観証拠の評価が変わり判断が割れることになる。前出の裁判の1審と2審で異なる判断がなされたのもそのためで、1審のように、被害者が望まない性行為であっても罪が成立しないケースが続いてきた。

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