放送作家でコラムニストの山田美保子氏が楽屋の流行(はや)りモノを紹介する。今回は、販売を再開した、浅草の仲見世通りにある『壱番屋』の「おこげせん」を取り上げる。
【写真】食べる手が止まらないと評判のヒット商品「おこげせん」がこちら
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4月期のドラマ撮影が再開され、やっと初回に漕ぎつけたり、2カ月以上、リモート出演していたゲストやコメンテーターがスタジオに戻ってきたりと、テレビ界に活気が戻りつつある。
海外ロケはしばらく難しそうだが、いわゆる街ぶら番組は徐々に解禁し始めている。
都内のロケで「困ったときの……」と言われ、重宝されているのが浅草だ。風情と人情味に溢れているので、ロケがしやすいことに加え、「数字をもっている」のがその理由。アニマル浜口さん、浜口京子さん親子の乱入(?)もお約束である。
そして、緊急事態宣言が出ていたとき、人出の少なさや外国人観光客が全くいない様子を報道カメラが追い続けていたのも浅草。人が戻ってきたことを伝える際も必ず紹介されたのが浅草だった。
なかでも、6月4日、「炭火手焼きせんべい販売再開のお知らせ」をホームページで発表した明治17年創業、仲見世通りにある『壱番屋』の動きは、地元でもおおいに話題になったという。
観光客にも地元民にも愛される『壱番屋』で、近年最大のヒット商品といえば、「おこげせん」だ。醤油味と黒こしょう味の2種類があって、どちらも食べ始めたら止まらない美味しさ。程よい大きさと厚みは子供さんからお年寄りにまでやさしく、ひとたび開封したら、一枚、またもう一枚と、いわゆる“後引き”となるのも理解できる。
この「おこげせん」を手土産やイベントの引き菓子として利用しているのが、すしや通りで人気を博し、尾上松也さんが「浅草公会堂」に出演するときに必ず立ち寄ることでも知られる、手打ちそば『十和田』のおかみ、冨永照子さんだ。
協同組合「浅草おかみさん会」不動のトップとして、地元では知らない人はいない有名人。戦前は現在の渋谷以上の活気を誇るも、1960年代ごろから斜陽の一途を辿った浅草で、サンバカーニバルや2階建て観光バス、ニューオリンズフェスティバル、さらに、浅草観光振袖学院設立などで、浅草のピンチを先頭に立って救ってきた仕掛け人。その武勇伝ともいうべき功績の数々は、昨年、『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日系)でも紹介されたほどである。
コロナ禍で客足が離れ、灯火が消えかかっていた浅草を、日本を代表する観光地として復活させるべく、チャキチャキと動いてる。
そんな冨永照子さん“お墨付き”の『壱番屋』のおこげせん。中華あんをかけたり中華スープに入れるなど料理に使っても激ウマだ。
※週刊朝日 2020年7月10日号