国内のPCR検査数が不十分なため、そもそも安倍首相が述べた「収束」が正しかったのかどうかさえ分からないが、少なくとも発表ベースの感染者の増加を「危機」ととらえ、都は専門家による評価に基づき設定する警戒レベルを上げた。

 トラベル事業が急展開したのは、東京がそんな状況になっていくさなかだった。7月10日になって赤羽一嘉国土交通相が7月22日から前倒しで始めると発表。安倍内閣が4月7日に閣議決定した緊急経済対策には、キャンペーンの実施時期を「新型コロナウイルス感染症の拡大が収束した後」と記載しているにもかかわらずだ。

 これには野党や全国の首長らから批判が噴出。政府が固執していた従来の方針を転換し、実施範囲を「全国一律」から「東京以外」とした。しかしそれは、混乱に拍車もかけた。

 航空・旅行アナリストの鳥海高太朗さんも指摘する。

「すべてにおいて準備不足の見切り発車。本来は、『沖縄や北海道に偏らないか』といった議論があるべきですが、東京除外の混乱もあっていまだに分からず、事業が始まった22日になっても不確定要素が多すぎます。旅行に行って本当にお客さんが恩恵を受けられるかどうかさえ分からないという不安定さです」

 土壇場でキャンセル料の補償を決めるなど二転三転したこの事業。見切り発車の背景には、何が何でも経済を動かしたいという政府の意向が強く感じられる。政府の新型コロナ感染症対策分科会のメンバーの一人は事業の進め方についてこう批判する。

「分科会の開催前に『東京除外』が報道される中で、実施がほぼ確定されている施策について分科会に意見を求めることも、分科会に『差し支えない』とお墨付きのコメントを出させることも、不適切ではないでしょうか」

 その分科会。会長の尾身茂氏にも注目すべき発言があった。

 政府が「東京除外」を決めたのが7月16日。この日にあった経団連主催のフォーラムで尾身氏は「旅行自体が感染を起こすことはない」などと政府の従来の方針を支持する発言をした。その直後にあった参院予算委員会では「感染がどんどん拡大しているとある程度判断されれば、今の段階で全国的なキャンペーンをやる時期ではない」と正反対の答弁もしているが、フォーラムでの発言は、どんな背景から出てきたのか。

 本誌は尾身氏が理事長を務める地域医療機能推進機構(東京)を通じて本人への取材を申し込んだが、23日までに連絡はなかった。

 政治評論家の伊藤惇夫さんは一連の経緯から、分科会の役割についてこう受け止めた。

「分科会は結果的に政府の決定を追認するしかなかった。尾身氏の発言を含めて考えると、分科会は、廃止された専門家会議から随分変質してしまった。そこら辺に転がっている審議会のように、政府や役所の方向性を追認するような機関になってしまったように感じます」

(編集部・小田健司)

AERA 2020年8月3日号より抜粋

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