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人生はみずからの手で切りひらける。そして、つらいことは手放せる。美容部員からコーセー初の女性取締役に抜擢され、85歳の現在も現役経営者として活躍し続ける伝説のヘア&メイクアップアーティスト・小林照子さんの著書『人生は、「手」で変わる』からの本連載。今回は、“おいしい”仕事の声がかかったときに考えるべきことについてお伝えします。
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昔、私が校長を務めていたメイクアップスクールに台湾の著名なお客様がいらっしゃったことがありました。黒いロールスロイスから颯爽(さっそう)と降りてきたお客様を、職場の人たちが皆、あぜんとして見ていた光景は今でも鮮明に覚えています。
私は自分自身が会社に提案して創らせてもらった学校でしたので、その頃は文字通り、朝から晩まで働いていました。そんな中、10分だけどうしても面会をというご依頼があったので、お会いする約束をしていたのです。
その方は、台湾の有名な実業家であり、文筆家の方でした。そして開口一番、このスクールを台湾にもつくりたいというお話をいただきました。自分が台湾で所有しているビルで、私にも現地で指揮をとってほしいと言うのです。
その頃スクールでは、メイクだけでなく、キャビンアテンダントの養成講座で学ぶ「話し方」や「振る舞い方」なども勉強できると打ち出していました。アートとビジネスマナーを同時に身に付けられるというコンセプトは、マスコミに強烈にウケました。たくさんのメディアの取材を受け、スクールは大盛況。その状況を見て、その実業家の方は同じものを台湾で同時に展開していきたいとお考えになったようです。
しかし日本のスクールが、いままさに始まったばかりです。生徒たちが学ぶカリキュラムも毎日チェックして、よりよいものにしていこうと、私がやるべきことは山積みです。そんな状況で、さらに新たなスクールを海外に作るということは「二兎を追うものは一兎をも得ず」にもなりかねません。
「申し訳ございません。私は日本でこのスクールを成功させるのに精いっぱいです。今の状況で台湾でもクオリティの高いスクールを並行して運営できるとは思えません」と、私は申し上げました。
するとその方は、びっくりされたようです。
「よもやまさか、私の誘いを断るとおっしゃるのですか? あなた、私のことを誰だと思っているのです? この私が直々に頼みに来ているのですよ」